◆平和より「金もうけ」 首相 世界で原発輸出行脚
(2013年6月20日 東京新聞)
主要国(G8)首脳会議が閉幕した。安倍晋三首相は直前、東欧でも原発のトップセールスを展開した。首相はこの間、トルコやサウジアラビアなど中東、さらにインドなど核の緊張が漂う地域相手に原発を売り込んでいる。原発の技術的な問題以前に、こうした動きは「恒久の平和を念願」する憲法前文の精神と矛盾しないか。野党からは「死の商人」という非難も聞こえ始めた。(出田阿生・中山洋子記者)
「我が国の原子力技術への高い期待が示されている。私自身もリーダーシップを発揮し、我が国の技術を提供していく」
先月13日の参院予算委員会で、安倍首相は成長戦略の中核に据えた原発輸出について、こう宣言した。福島原発事故の収束がおぼつかなくとも「安全な原発」と公言してはばからない。
原発輸出の動きを再開させたのは民主党政権だが、安倍首相のセールスマンぶりは破格だ。今月中旬には、ポーランドを訪れ、東欧4カ国の首脳らにPR。共同声明には、原発の技術協力などが盛り込まれた。
1月にはベトナムを訪れ、東芝など日本企業が受注済みの原発建設計画を後押ししたほか、4月末からの連休中には、中東諸国を歴訪した。
トルコとアラブ首長国連邦(UAE)で福島事故後、初めて原発輸出に必要な原子力協定に調印、サウジアラビアでも協定への交渉を始めた。
この外遊には、米倉弘昌経団連会長や国際協力銀行の奥田硯総裁、三菱重工の宮永俊一社長ら「政官業」が顔をそろえた。トルコでは、三菱重工とフランスのアレバの合弁企業による原発建設の受注で大筋合意した。
5月下旬に来日したインドのシン首相とは、中断していた原子力協定の交渉再開で合意した。
■緊張漂う地域へ核技術を供与
インドは地域的な緊張関係にある中国やパキスタンと同じ核保有国。核拡散防止条約(NPT)には加盟していない。
原発は核兵器の材料のプルトニウムを生む。軍事転用の危険性は拭えない。日本はNPTによる核不拡散を訴えてきたが、NPT未加盟国に核技術を供与し、南アジアの緊張を高めるという矛盾を犯しつつある。
国際NGOグリーンピースに所属するインド人核専門家で、来日中のカルーナ・ライナ氏は「こうした行動は平和憲法の精神を弱めて『日本は企業利益のためなら原則を曲げる』という印象を与える」と話す。
原発輸出が核燃料サイクル事業の延命に使われる懸念も拭えない。
今月初旬、フランスのオランド大統領との首脳会談では、原発輸出や核燃料サイクル推進での連携を確認した。民主党政権下では、韓国やベトナムなどの使用済み核燃料の再処理を引き受ける構想も浮上していた。
原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「核不拡散の観点から、日本の核燃料サイクル開発には批判が強い。だから、再処理施設の国際利用をうたい、延命を図る狙いではないか。原発輸出がその理屈付けに使われる可能性がある」と語った。
■中東の非核化に逆行
中東などへの原発セールスでは中国やロシアとの対抗上、「やむを得ない」という声も聞く。
だが、日本は戦後、憲法の平和主義にのっとり、アラブ諸国との友好を築いてきた。元エジプト・イラク大使で、日本イスラム協会理事の片倉邦雄さんは「日本は国づくりや人づくりのソフトウエア部門で貢献してきた。技術力による貢献、つまりは非軍事協力をしてきた」と振り返る。
それが転機を迎えたのは、イラク戦争における自衛隊派遣。「道路改修などの復興作業に携わったので、非軍事協力といえるかもしれないが、明らかに新たな次元に突入した」と懸念する。
しかし、片倉さんは「現在も日本の民間企業が高い技術力を駆使し、アラブ諸国で一兆円規模の石油化学プラント事業を請け負う例がある。こうした技術協力が最も日本らしい友好関係であり、中東との絆をつくり上げる源だ」と強調する。
■日本の平和外交の伝統が変質する可能性
こうした平和外交の伝統が、原発輸出でどうなるのか。千葉大の酒井啓子教授(中東政治)は「日本は被爆国ゆえ、中東の非核化を推し進める立場にあるとみられてきた。それが原発輸出によって、原子力技術競争、核開発競争を進める側に入ったとみなされる可能性がある」と指摘する。
中東で唯一、核兵器を保持するイスラエルは、過去に原発開発を企てたアラブ諸国を爆撃している。核開発疑惑の渦中のイランは、公式には平和利用を主張する。ただ、原発の技術は軍事転用につながりかねず、中東では原発と核武装は同義で受け取られがちだ。
酒井教授は「イスラエルやイランに対抗して、潜在的な核武装能力を持つ目的で、原発の技術を手に入れたいという思いがアラブ諸国にある。日本政府の思惑がどうであれ、そうした地域間の対立図式を原発輸出が加速化させる一因になる恐れがある」と分析する。
かつて日本には米国が直接交渉できない相手に対し、仲介の歴史を果たしてきた歴史がある。だが、今回の安倍首相の中東訪問には、和平問題の仲介役といった役割はほとんどみえなかった。
「日本にしか果たせない役割は原発輸出ではなく、平和外交のはず。中東社会もそちらを期待しているのではないか」
原発輸出推進派の間からは、使用済み核燃料の再処理を日本が引き受ければ、核拡散を防止できるとの声も聞こえる。
しかし、日本には既に45万トンのプルトニウムがある。高速増殖原型炉もんじゅの稼動は絶望的で、混合酸化物(MOX)燃料に使うしかないが、量は限定される。
ピースボートの川崎哲共同代表は「国外の再処理まで日本が引き受けるというのは、荒唐無稽な話。もし再処理で生じたプルトニウムを各国に送り返せば、それこそ核兵器の材料をばら撒くことになる」と説く。
ちなみに国際原子力機構(IEAE)が、原子力関連施設の査察体制強化のために設けた追加議定書について、サウジアラビアなどは反対している。川崎さんは「追加議定書反対の国にまで原発を輸出するのは、明らかに核拡散防止の理念に反する」と批判する。
憲法前文には、全世界の国民が「平和のうちに生存する権利を有する」とある。川崎さんはこう訴えた。「日本の原発輸出は平和憲法の理念からは懸け離れている。原発輸出で、世界に核兵器の材料を増やす状況を作り出すべきではない」
※デスクメモ 平和主義に矛盾する輸出は原発だけではない。米国が開発している最新鋭ステルス戦闘機F35では、日本企業が部品製造で参加。売り先にはイスラエルもあり「国際紛争当事国やその恐れのある国」への輸出を禁じた武器輸出三原則への抵触は必至だが、政府は容認した。憲法の実情に目を凝らしたい。