国際原子力ムラ(IAEAなど)の危機  ミハイル・マリコ

この報告書を読むと、IAEAやWHOが果している役割(原発事故の被害を過小評価→原発推進)が見えてくる。こうした組織とつながりが強い山下俊一氏の言動や日本で今、起こっている出来事が理解しやすい。日本国内の「原子力ムラ」だけでなく、「国際原子力ムラ」の存在をマスメディアが報道することを期待したい。

また、「チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト」に注目したい。

『チェルノブイリ事故による放射能災害』国際共同研究報告書
(1998年発行)
第1章 事故影響研究の概要
2.チェルノブイリ原発事故:国際原子力共同体の危機
から抜粋
(※中村注:国際原子力共同体=国際「原子力ムラ」)
 
ミハイル・V・マリコ
ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所(ベラルーシ)

チェルノブイリ事故から11年たった.この事故はベラルーシ,ロシア,ウクライナの環境に大変厳しい被害を与え,これらの国の経済状態を決定的に悪化させ,被災地の社会を破壊し,汚染地域住民に不安と怖れをもたらした.そして,被災地住民とその他の人々に著しい生物医学的な傷を与えた.

今日,チェルノブイリ原発の核爆発が生態学的,経済的,社会的そして心理学的に,どのような影響を及ぼしたかについては議論の余地がない.一方,この事故が人々の健康にどのような放射線影響を及ぼしたかについては,著しい評価の食い違いが存在している.チェルノブイリ事故直後に,被災した旧ソ連各共和国の科学者たちは,多くの身体的な病気の発生率が著しく増加していることを確認した.しかし,“国際原子力共同体”は,そのような影響は全くなかったと否定し,身体的な病気全般にわたる発生率の増加とチェルノブイリ事故との因果関係を否定したそして,この増加を,純粋に心理学的な要因やストレスによって説明しようとした.“国際原子力共同体”がこうした立場に立った理由には,いくつかの政治的な理由がある.また,従来,放射線の晩発的影響として認められていたのは,白血病,固形ガン,先天性障害,遺伝的影響だけだったこともある.同時に,“国際原子力共同体”自身が医学的な影響を認めた場合でも,たとえば彼らはチェルノブイリ事故によって引き起こされた甲状腺ガンや先天性障害の発生を正しく評価できなかった.同様に,彼らには,チェルノブイリで起きたことの本当の理由も的確に理解することができなかった.こうしたことを見れば,“国際原子力共同体”が危機に直面していることが分かる.彼らは,チェルノブイリ事故の深刻さと放射線影響を評価できなかったのであった.彼らは旧ソ連の被災者たちを救うために客観的な立場をとるのでなく,事故直後から影響を過小評価しようとしてきたソ連政府の代弁者の役を演じた.本報告では,こうした問題を取り上げて論じる.

チェルノブイリ事故原因と影響についての公的な説明

チェルノブイリ原発事故は,原子力平和利用史上最悪の事故として専門家に知られている.事故は1986年4月26日に発生した.当初,ソ連当局は事故そのものを隠蔽してしまおうとしたが,それが不可能だったため,次には事故の放射線影響を小さく見せるように動いた.

事故後すぐに,国際原子力機関(IAEA)とソ連は事故検討専門家会議をウィーンで開くことに合意し,その会議は1986年8月25日から29日に開かれた.その会議で,ソ連の科学者は事故とその放射線影響について偽りの情報を提出した1.

ソ連の専門家はまた,チェルノブイリ事故による放射線影響の予測も示した.その評価によれば,確定的影響(訳注:急性の放射線障害など一定のレベル以上の被曝で生じる障害)を被るのは,事故沈静化のために働いた原発職員と消防隊だけであるとされた.彼らは,住民には確定的影響が現れる可能性はないとし,また確率的影響(訳注:ガンや遺伝的影響など,確率的に発生する晩発性障害)も無視できる程度でしかないという予測を示した.たとえば,線量・効果関係にしきい値がないとした仮定に基づいて評価しても,ガンの死亡率の増加は,自然発生ガン死に比べて,0.05%以下にしかならないというのが彼らの予測であった.この結果は,ソ連のヨーロッパ地域(約7500万人)の人々についての計算であった.

IAEAの会議に出席した人たちは,ソ連の専門家が示した放射線影響の予測についても同意した.そのことは,IAEAの事故検討専門家会議の要約書7ページに以下のように書かれていることから分かる.

「13万5000人の避難者の中に,今後70年間に増加するガンは,自然発生のものに比べて,最大でも0.6%しかないであろう.同じように,ソ連のヨーロッパ地域の人口についていうならば,この値は0.15%を超えないものとなるし,おそらくはもっと低く,0.03%程度の増加にしかならないであろう.甲状腺ガンによる死亡率の増加は1%程度になるかもしれない.」

国際原子力共同体の,こうしたものの見方は,今日に至るまで変わっていない.

実際,今日に至ってもなお,国際原子力共同体は,チェルノブイリ事故の放射線影響はほぼ無視できると主張している1995年になってようやく,彼らはベラルーシ,ロシア,ウクライナでの甲状腺ガンの多発と放射線被曝との関連を認めた.しかし,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの専門家たちが見いだしたその他のすべての影響については,完璧に否定している.

たとえば,ベラルーシの被災地における先天的障害発生についてのG・ラジューク教授たちのデータを,国際原子力共同体は認めていない同じように,ベラルーシ,ロシア,ウクライナで事故直後に確認された,さまざまな身体的な病気の発生率がはっきりと増加したという貴重な統計学的データについても認めようとしない

こうした国際原子力共同体の立場は,事故直後からチェルノブイリ事故の放射線影響を過小評価しようとしてきたソ連当局にとって,大変重要なものである.事故当時,ソ連は大変困難な経済危機に陥っていたため,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災者たちに必要な援助をすることができなかった.ソ連にできたことは,被災者に対するごく限られた援助だけであった.そのため,旧ソ連の時代には,チェルノブイリ事故とその影響に関するすべての情報は秘密にされた.それも大衆に対してだけでなく,多くの場合,放射線防護の専門家に対してさえ秘密にされたのであった.たとえば,1986年の事故検討専門家会議に提出されたソ連の専門家によるデータは,ソ連国内では長い間,秘密であった.ソ連国内の汚染地域でとられていた防護処置についての文書もまた秘密にされていた.

チェルノブイリ事故被災者の医学的影響

チェルノブイリ事故後最初の10年,つまり1986年から1995年の間にベラルーシで確認された甲状腺ガンの総数は,424件であった.この値は,事故後35年の間に全部で39件の小児甲状腺ガンしか生じないというイリインらの予測に比べ,すでに10倍を超えている.予測と実際を比べてみれば,チェルノブイリ事故による小児甲状腺ガンの発生について,ソ連の専門家の予測は大変大きな過小評価をしていたことが分かる.同じことは,旧ソ連の汚染地域における先天性障害に関してもいえるであろう.ソ連の専門家の評価は,それが見つかる可能性すら実際上否定していた.その結論の誤りが,ラジューク教授らによって示されたのであった.

上述した事実は,チェルノブイリ事故による放射線影響に関してソ連の専門家が行なった評価が,著しい過小評価であることをはっきりと示している.そのことは,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域において,事故直後から被災者の間に健康状態の顕著な悪化を確認してきた多くの科学者たちにとっては,自明のことであった

ところが,ソ連当局と国際原子力共同体は,彼らの評価結果と350ミリシーベルト概念が正しいと考えていた.国際原子力共同体が,チェルノブイリ事故の放射線影響に関するソ連の新しい評価や350ミリシーベルト概念の意味するものを十分に承知していることに注意しておかねばならない.ソ連医学アカデミーの会議の後,イリイン教授らの報告は,世界保健機構(WHO)に提出され,後日それは,有名な国際雑誌に科学論文として掲載された.

このソ連の新しい評価は,国際原子力共同体の専門家からは何らの批判も受けなかった.そのことは,イリイン教授らの論文の内容が,もとの報告と大きく変わっていなかったことからも分かるし,ソ連政府に350ミリシーベルト概念を実施させるために国際原子力共同体が多大な手助けをしたことからも分かる.

 
世界保健機構(WHO)の専門家

WHOによる支援は,1989年6月にWHOの専門家グループがソ連を訪問したことで示された.この訪問はソ連政府の要請で行なわれた.このWHOの専門家グループに加わったのは,以下のメンバーである.D・ベニンソン博士(国際放射線防護委員会(ICRP)委員長,アルゼンチン原子力委員会許認可部長),P・ペルラン教授(フランス保健省放射線防護局長,ICRP委員),P・J・ワイト博士(WHO環境健康部所属の放射線学者).

WHOの専門家たちは,モスクワでのソ連国家放射線防護委員会の会議に出席し,350ミリシーベルト概念の原則と実施方法について議論に加わった.彼らは,ソ連の汚染された各共和国の専門家や,汚染地の住民とも会合を持ち,議論した.ミンスクでは,ベラルーシ科学アカデミーが開いたチェルノブイリ問題の特別会議に出席した.

これらすべての会議や議論において,WHO専門家は,チェルノブイリ事故が被災者に有意な健康被害を引き起こさないというソ連の公式見解を完全に支持した

ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域では,事故直後にさまざまな病気の発生率増加がみられたが,WHOの専門家たちは,それと放射線の間には何らの因果関係もないと主張した.この点について,彼らはソ連政府への報告書の中で次のように述べている.

「放射線障害に詳しい知識を持たない科学者たちが,さまざまな生物学的な効果や健康上の現象を放射線被曝と関連づけた.これらの変化が放射線と関連することはあり得ず,心理的要因やストレスによるものであろう.そうした効果を放射線に関連させたことは,人々の心理的圧力を増加させただけだったし,さらにストレス関連の病気を引き起こした.そして,放射線専門家の能力に対する大衆の信頼を徐々に損ねたのであった.次に,それは提案されている規制値に対しての疑いにつながった.大衆や関連する分野の科学者たちが,住民を守るための提案を適切に理解できるようにして,この不信感を乗り越えねばならないし,そのための教育制度の導入が早急に検討されるべきである.」

ソ連当局は,チェルノブイリ事故の規模とその放射線影響を何としても小さく見せたいとしてきたが,報告15から引用した上の文章は,WHOの専門家がそうしたソ連当局を擁護する役割を演じていることをはっきりと示している

国際チェルノブイリプロジェクトに参加した専門家がチェルノブイリ事故の放射線影響を評価するに当たって,どうしてこんなにも楽観的でいられたのか疑問がわいてくる.この疑問は,プロジェクトの参加者のほぼ全員が,彼らの楽観的な評価に反する証拠を示した文献を持っていたことを考えれば,よりいっそう正当な疑問となる.

ベラルーシの保健大臣は,IAEA事務局が1989年にウィーンで開いた非公式会議に,報告18を提出していたが,国際チェルノブイリプロジェクトに参加していた国際的な専門家たちはその報告を知っていた.

被災地住民の健康状態が一般的に悪化していることについて,大臣は次のように述べている.

大人については,糖尿病,慢性気管支炎,虚血性心疾患,神経系統の病気,胃潰瘍,慢性呼吸器系の病気などで苦しむ人が,1988年には,それ以前に比べて2倍から4倍に増加した.また,種々の機能失調,神経衰弱,貧血,扁桃腺や耳鼻咽喉系の慢性疾患などを持った子供たちの割合が著しく増加した.同時に,あらゆる分野の医師たちが,多くの病気で病状が重くなり症状が長期化すること,複雑な病気の頻度が増えていることを指摘している18.」

ベラルーシの大臣が提出した報告は公式のものであるにもかかわらず,国際チェルノブイリプロジェクトはそれを完全に無視してしまい,考慮しなかった.この無視の理由を,国際原子力共同体は次のように説明している.すなわち,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域で働いている専門家は能力が低く,これらの地域や非汚染地域での罹病率についての信頼できるデータがないというのである.

すくなくともベラルーシに関するかぎり,そのような説明は正しくない.たとえば,ベラルーシでは,厳密な診断に基づく先天的障害の調査が1982年から行なわれてきた6.ベラルーシでは,手足の欠損,脊椎披裂,多指症のような先天性障害が認められた場合には,国家登録への届け出が義務づけられている.そのため,先天的障害についての信頼できる統計データが蓄積されてきたのである.

 

ベラルーシの子供たちの甲状腺ガン

ベラルーシの専門家が高度な専門的能力を持っていることは,小児甲状腺ガンの症例についても証明された.1992年9月,ベラルーシの専門家グループが,ベラルーシにおける小児甲状腺ガンのデータを科学雑誌ネイチャー19に発表した後,他国の専門家たちはあれこれと疑問を呈した.文献20,21では,ベラルーシにおいて小児甲状腺ガンが著しく増加した原因は,チェルノブイリ事故後,健康調査方法が改善されたせいだとされた.WHOの専門家たちは,もっと奇妙な2つの仮説を示した22.1つ目の仮説は次のようなものである.被災地では,放射性ヨウ素が減衰してなくなってしまった後,風土病である甲状腺腫の予防のために子供たちに安定ヨウ素剤が投与されたが,それが小児甲状腺ガンの発生率を増加させた原因でありうるというものである.2番目の仮説は,ベラルーシにおける小児甲状腺ガンの増加は,化学肥料と殺虫剤で高度に汚染された中央アジアからベラルーシに持ち込まれた果物や野菜中の化学物質(硝酸塩など)が原因だというものである.

これらの仮定が誤りであることは明白である.ベラルーシ,特にゴメリ州やブレスト州においては,土壌中に安定ヨウ素が欠乏しているため,チェルノブイリ事故のずっと以前から安定ヨウ素剤が使われてきた.それでも,チェルノブイリ事故以前には甲状腺ガンの増加などベラルーシでは観察されていなかった.一方,ソ連中央アジアからの果物や野菜の量は,ベラルーシの多くの子供たちに行き渡るほど大量のものではなかった.

ネイチャー誌の論文19が出た時点では,ウクライナでは甲状腺ガンの増加がほんのわずかしか見られていなかったし,ロシアにおいては全く見られていなかった.そのため,WHOの専門家たちは,彼らの仮説が正しいと信じた.こうしたベラルーシ,ウクライナ,ロシアの間での甲状腺ガン発生率の差は,実際には別の原因があった.甲状腺に受けた被曝量は,ベラルーシの子供たちがもっとも大きく,ロシアの子供たちがもっとも小さいことが知られている23.このことが,被災した旧ソ連各共和国において,甲状腺ガンの潜伏期の差を生んだのである.

一部の専門家は,ベラルーシで見られた小児甲状腺ガンの増加が放射線によるものでないとして,その潜伏期が著しく短いことをその理由にあげている.そうした専門家は,潜伏期の長さが被曝した人の数に大きく依存するということを理解していない.この大変重要な考え方は,チェルノブイリ事故のはるか前に,放射線医学における有名な学者であるJ・ゴフマン教授によって提唱された24.ベラルーシの専門家たちは,このゴフマン教授の考え方が正しいことを甲状腺ガンを例にして証明したのであり,放射線の影響についての研究で価値のある仕事となったのである.1993-1995年になって,ベラルーシの専門家たちのデータが正しいことが確認された4,25,26.

 

被災地における健康統計

 ベラルーシの専門家が成し遂げたもう1つの重要な仕事は,被災地住民の間に一般的な病気が有意に増加していることを見つけたことである.

データは,ブレスト州の汚染地域とその対照地域住民について,P・シドロフスキー博士が行なってきた疫学研究の結果である27,28.
 

表2 ブレスト州の汚染地域(3地区)と対照地域(5地区)の罹病率,
大人・青年,1990年27

  ブレスト州の汚染地域と非汚染地域の間では,大人の場合も子供の場合も,多くの病気の発生率が有意に異なっていることが,表2,3から分かる.大人の場合,感染症や寄生虫症,内分泌系,消化不良,代謝系や免疫系の異常,心理的不調,循環器系,脳血管系,呼吸器系,消化器系の病気などに,このような差異が見られる(表2).子供の場合には,感染症や寄生虫症,内分泌系,心理的不調,神経系,感覚器官,消化器系の病気などで,有意な差が見られている(表3).

 P・シドロフスキー博士は,彼の研究において,汚染地域,非汚染地域とも多人数の調査をしており,彼の結果には信頼性がある.汚染地域で調査対象とした住民は,ブレスト州のルニネツ,ストーリン,ピンスク各地区の全住民であった.

 これらの地域に居住している住民の数は,1990年において約18万2900人である.セシウム137による平均汚染密度は,37~185kBq/m2(1~5Ci/km2)である.P・シドロフスキー博士は,対照集団として,ブレスト州カメネッツ,ブレスト,マロリタ,ザブリンカ,プルザニ各地区の総数17万9800人におよぶ住民を用いた27,28.

ベラルーシの科学者P・シドロフスキー博士による,こうした新しい発見は,その後,CIS(独立国家共同体)の多くの専門家によって確かめられた.1993年2月,ベラルーシ保健省の公的な雑誌「ベラルーシ保健衛生」に,ウクライナの疫学者による調査結果が掲載された29.

1986年に30kmゾーンから避難させられた6万1066人の住民について,病気の発生率が調査された.その結果,ウクライナの疫学者たちは,P・シドロフスキー博士のデータと同様な結果をそれらの人々の中に見いだした.

また,ベラルーシとロシアのリクビダートル(事故処理作業従事者)にも,ほぼ同じ結果が見いだされた30,31.リクビダートルの発病率は,時の経過とともに一般公衆より大きくなることが信頼できるデータとして示された.そして,同様の傾向は他のすべてのカテゴリー(分類)の被災者についても見いだされている.

表4は,本報告の筆者が国家登録のデータ32に基づいて作成したものであるが,上記の事実をはっきりと示している.表4の解析は,被曝量あるいは表面汚染密度と,被災者の罹病率との間に明確な相関があることを示している.ベラルーシ国民全体と比べ,罹病率がもっとも大きいのは,リクビダートルと1986年に30kmゾーンから強制避難させられた住民であり,もっとも小さいのは,セシウム137の汚染密度が555kBq/km2(15Ci/km2)以下の被災地住民である.

表4 ベラルーシの大人・青年の罹病率(10万人当り)32

注. ベラルーシ:国全体の大人と青年,第1グループ:リクビダートル,第2グループ:30km圏からの避難住民,第3グループ:セシウム137汚染レベル555 kBq/m2(15 Ci/km2)以上の地域の住民,第4グループ:セシウム137汚染レベル37~185kBq/m2 (1~5Ci/km2)の地域の住民.

チェルノブイリ事故後10年

 1996年4月8-12日,オーストリアのウィーンで「チェルノブイリ事故後10年:事故影響のまとめ」と題した国際会議が開かれた34.その会議には,リクビダートルやチェルノブイリ事故のため放射線に被曝した大人や子供に現れた種々の身体的な影響に関する約20編の学術論文が提出された35-56.この会議は,ヨーロッパ委員会(EC),国際原子力機関(IAEA),世界保健機構(WHO)が主催し,国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR),その他の国連機関,経済協力開発機構・原子力機関(OECD/NEA)などが後援して開かれたものである.チェルノブイリ事故とその放射線影響を評価する上でもっとも重要なステップとなるこの会議は,原子力平和利用にかかわってきた実質的にすべての国際的な組織によって準備されたのであった.しかしながら,原子力平和利用史上最悪の事故の客観的分析を行なうという使命を,この会議は果たせなかった.そうした結論は,この会議の要約である以下に示す声明を読めば分かる.

 「被曝住民および特にリクビダートルの中に,ガン以外の一般的な病気の頻度が増加していると報告されている.しかし,被災住民は一般の人々に比べて,はるかに頻繁で丁寧な健康管理に基づく追跡調査を受けており,上記の報告に意味を見いだすことはできない.そうした影響のどれかが仮に本当であったとしても,それはストレスや心配から引き起こされた可能性もある5.」

 要約は会議の最も重要な文書であり,それを作った「チェルノブイリ事故後10年:事故影響のまとめ」会議の主催者らは,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災地で一般的な病気が増加しているという事実そのものさえ疑っていることが,上の引用から分かる.

 チェルノブイリ事故によるすべてのカテゴリーの被災者について,病気の増加を示す数多くの学術論文35-56が会議に提出されていたにもかかわらず,上のような結論が引き出されたことは,大変奇妙なことである.この会議の基礎報告書の著者は,被災地住民の間に一般的な病気の発生率が増加していることを認め,その増加を心理的な要因やストレスによって説明している

 チェルノブイリ事故の結果,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災地において先天的な障害の頻度が増加していることについて,信頼できるデータが存在しているにもかかわらず,会議はその可能性を退けた.この会議は,チェルノブイリ事故の影響は無視できるとする国際原子力共同体の結論を実質的に変更するものとはならなかった.唯一の例外は,甲状腺ガン発生率が著しく増加していることが認められたことであった.おそらく,この件については真実を否定するいかなるこじつけももはや見いだせなかったからであろう.

 国際原子力共同体にとっては,被曝影響から人々を守ることよりも,原子力産業のイメージを守ることの方が大切なことのようである.国際原子力共同体がチェルノブイリ事故の影響は無視できる程度だという彼らの見解を守るために,信頼できる情報を拒否しようとするのであれば,冷静な専門家はそれを彼らの危機として認めるであろう.

 上に述べた国際原子力共同体の態度がどうして生じたかを,「常設人民法廷」の場において,放射線医学の分野における著名な学者であるロザリー・バーテル博士が説明した.

 ロザリー・バーテル博士によれば,放射線の有害な効果に専門家や軍の注意が向けられたのは,戦争において核兵器が用いられる可能性があったからである.そうした戦争を考える人々にとっては,核兵器によってどれだけ大量の敵を殺せるかが最大の関心事であった.軍事を目的とするこうした観点に立って,核開発の最初の段階から放射線生物学,放射線医学,放射線防護の専門家たちが働いてきた.後になって,彼らは発電用原子炉の問題に関係するようになった.しかし,軍や産業の問題を解決するにあたって,そのような関わり方をしてきたため,放射線生物学,放射線医学,放射線防護の専門家たちは,放射線の有害な影響から公衆を守るという問題に注意が向かなかった.同時にこのことは,放射線の影響として致死的なガン,白血病,いくつかの先天的および遺伝的な影響をのぞけば,放射線のいかなる医学的な影響についても,国際原子力共同体が考慮を払わない理由でもある.

 当然,放射線影響に関するそのような評価は認められない.チェルノブイリ事故のような放射線の被曝を伴う事故の場合には,致死的なガンの数だけでなく,生命そのものの全体的な状態に考慮が払われなければならない.そしてそのことこそが,放射線から人々を守る国際原子力共同体の基本的な役割のはずである.

まとめ

チェルノブイリ事故とその放射線影響に関して本報告で示したことは,“国際原子力共同体”の深刻な危機を示している.その危機の現れとして,以下のことが認められる.

“国際原子力共同体”は,長い間,チェルノブイリ事故の本当の原因を認識できなかった.
彼らは,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災者の甲状腺に対する被害を正しく評価できなかった.
今日に至ってもなお,彼らは先天的障害に関する信頼性のあるデータを否定している.
チェルノブイリ事故で影響を受けたすべてのカテゴリーの被災者において発病率が増加している,という信頼性のあるデータを,彼らは受け入れられずにいる.
チェルノブイリ事故の放射線影響を過小評価しようとするソ連当局のもくろみを,“国際原子力共同体”は長い間支持してきた.

チェルノブイリ事故23年後の健康と環境への影響

“福島-1”原発を巡る状況とは無関係に原発建設は進行中とIAEA事務局長
 

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次