昨年6月から、福島県で、郡山市民が原告となって「子どもたちの集団疎開」を求める重要な裁判が行われています。郡山は福島県内で特別に放射能汚染がひどい地域ではありませんが、福島県内の一般的な汚染数値である郡山でも避難が必要だという意見書を琉球大学の矢ヶ崎克馬名誉教授が裁判所に提出しています。このことは、福島県の多くの地域で避難が必要だということを意味しています。
世界の多くの専門家や団体が「なぜ子どもを避難させないのか」と考えていますが、事故から1年が過ぎても日本ではそれが実行できていません。「ふくしま集団疎開裁判」が注目されて、重要な情報が多くの人に伝わることを願っています。
「意見書(抜粋)」から抜粋
琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬
第1 章 郡山市と汚染度が同程度の地域で、チェルノブイリ(1986 年)後に多量の健康被害が生じている
福島県の場合にはチェルノブイリ事故に匹敵するあるいはそれ以上の放射性埃が放出されています。2011 年8 月30 日に文科省の発表した福島県内の土地の汚染度調査の結果を見れば、深刻な汚染が確認されています。
そのうち郡山市内では118 か所の測定を行っていますが、その単純平均値はセシウム137 の濃度で161(kBq/m2)で、4.4Ci / km2 に相当します。これに対して、郡山市と同じ様なレベルでのセシウム137 の汚染濃度を持つウクライナのルギヌイ地区を取り上げて比較し、郡山市に今後襲ってくるであろう健康被害を予想します。
ルギヌイ地区はチェルノブイリ原発の西へ110~150km 離れたところにあり、強く汚染されている土地です。セシウム137 濃度平均が1~5 キュリー/km2(37~185kBq/m2) の汚染強度の地域内であり原発からの距離でいえば、汚染範囲の中で値の高い地域に当たります。空中線量率に換算すれば、ほぼ0.2μSv/h以下の放射線強度の地域です。(イワン・ゴトレフスキー、オレグ・ナスビット「ウクライナ・ルギヌイ地区住民の健康状態」今中哲二編「チェルノブイリ事故による放射能災害―国際共同研究報告書」所収)
(郡山市とルギヌイ地区の汚染度の比較)汚染度の区分はウクライナで定められた放射能汚染ゾーンの区分に従います。ルギヌイ地区の汚染が移住義務ゾーンと移住権利ゾーンの合わせた割合は13.3%であるのに対して郡山市のそれは16.1%であり、相対的な強い汚染地域は郡山市の方が若干高い、しかし汚染の少ない無管理地域の割合はルギヌイ地区の割合は1.5%であるのに対して郡山市のそれは27.1%でこの地域は郡山市の方が多い状況である。したがって郡山市はルギヌイ地区とほぼ同程度か心持低いと判断できるものですが、事故後の子どもに対する疾病等の現れについては充分同等とみなせる地域です。
この郡山市の汚染度でどのような被害が予想されるかチェルノブイリの事故後の調査結果と比較致します。
(ウクライナのルギヌイ地区で観察された子どもの甲状腺疾病と甲状腺腫の発生状況)特徴は、爆発事故(1986 年4 月26 日)の5 年後ないし6 年後から甲状腺疾病と甲状腺腫の双方が急増し、9 年後の1995 年には子ども10 人に1 人の割合で甲状腺疾病が現れています。がん等の発症率は甲状腺疾病の10%強の割合で発病していて、9 年後には1000 人中13 人程度となっています。実に多数の子どもが罹患しているのです。甲状腺のがん等は通常であれば、10 万人当たり数名しか子どもには出ないものですが、異常に高い罹患率を示しています。
このような異常な甲状腺被害を予想しながら、子どもを被曝環境に置くことは本来許されない。今後極めて高い疾病率が郡山市や福島県の子供を襲うことが懸念されます。
これらの予測される罹病率のすさまじさに対して政府はヨウ素剤すら投与することなく子どもたちを被曝するに任せてきました。取り返しのつかない「行政の愚かな措置」だったと言わざるを得ません。今からでも「遅すぎることは無い」子どもの疎開措知等は即刻実施されなければなりません。
図1 ルギヌイ地区の子どもの甲状腺患者(今中哲二編「チェルノブイリ事故による放射能災害―国際共同研究報告書」1所収)
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2012年2月29日
意見書 (4)
――子どもの甲状腺「しこりと嚢胞」は健康保護体制の遅れを警告する――
琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬
目 次
はじめに
1.事故後の甲状腺の検診結果
(1).南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の4市町村の子どもの30%に見られる しこりと嚢胞
(2).札幌の避難者の子どもに見られるしこりと嚢胞
(3).データは何を意味するものだろうか
2.ベラルーシの市民の臓器への放射性物質(セシウム137)の蓄積
(1).市民の臓器蓄積量
(2).放射性物質の健康被害の予測につながる事柄
3.発がんに至る期間
(1).内部被曝の特徴
(2).ベラルーシにおける発がん
(3).5 年経たないと発がんしないか
4.東電事故後現れた甲状腺のしこりと嚢胞をどう見るべきか
5.万全の体制で子どもの健康保護を
6.結論
7、その他
(1).意見書(甲49)で引用したウクライナルギヌイ地区の健康被害のデータの信用性について
(2).弁護団の計算による積算値(甲1・同54)の検証
(3).決定中の「内部被ばくの危険性」に関する部分に対する反論
はじめに
私は、昨年9月8日付で、郡山市と汚染度が同程度の地域で、チェルノブイリ(1986 年)後に多量の健康被害が生じていることについて意見書を提出しました。そこでは当時の最新データである文科省が昨年8月30 日発表した福島県内の土地の汚染度調査の結果を元に、郡山市と同程度のセシウム137 の汚染濃度を持つウクライナのルギヌイ地区を取り上げて比較し、郡山市に今後襲ってくるであろう健康被害、とりわけ、子どもの甲状腺疾病と甲状腺腫の発生を警告しました。
ただし、この時点では、日本における東電原発事故後の甲状線疾病の可能性を示唆するデータは、まだありま
せんでした。しかしその後半年をおかず、指摘した問題が具体化しました。健康被害の可能性を示唆するデータが明らかになったからです。子どもの甲状腺検診が始まり、2 か所からのデータを得たのです。
(1)ひとつは、本年1月25 日に福島県が発表した、東電福島原子炉周辺の4市町村の子どもの検査結果、
(2)他方は、本年2月23 日頃、週刊「文春」に発表された、札幌の内科医が自主避難者を対象に実施した甲状腺検査の結果です。
本意見書では、まずそのデータを紹介します。データはそれぞれの集団で30%と20%に、小さいながらしこりと嚢胞を確認したものです。このしこりと嚢胞の現れ方をどう見るかについて、チェルノブイリの原発事故後に周辺地域に記録されたデータと内部被曝の科学的論理に従って解析いたします。
(1)その一つはベラルーシの市民の臓器に蓄積されたセシウム137 の量です。
このデータによるとセシウム137 は身体のあらゆるところに運ばれます。特に甲状腺には、一番多く蓄積されていました。子どもの蓄積量が大人よりはるかに多いことも特徴です。
(2)2 番目のデータは同じくベラルーシで確認された甲状腺がんの発生数です。おとなも子どもも事故後1 年目に発がん率の増加が認められています。
これらのデータからは、東電福島原発事故後に現れた甲状腺のしこりや嚢胞はこれから現れるであろう発がん等の健康被害を暗示しております。このことは、子どもの健康保護を具体的に急がなければならないことを示しているのです。特に、子どもの教育を安全な場所で展開する必要に迫られていて、すぐさまの疎開が求められることを示しています。
1、事故後の甲状腺の検診結果
(1).南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の4市町村の子どもの30%に見られるしこりと嚢胞
2012 年1 月26 日、 読売新聞は「福島県は25日、福島第一原発事故を受け、18歳以下の県民に行っている甲状腺検査のうち、原発周辺の住民を対象に先行実施した検査の結果を明らかにしました。そこでは「分析を終えた約3800人に原発事故の影響とみられる異常は見られなかった。」と報道しています(全文は別紙1の新聞記事参照)。次頁の表1には福島県立医大による測定(別紙2の福島県公表の資料)とさっぽろ厚別通内科による検診の結果をまとめたものを示します(さっぽろ厚別通内科杉澤医師提供の表を引用)。
(1)ではまず南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の4市町村の子どもの検査結果を扱います。
表1 福島医科大学とさっぽろ厚別通内科による甲状腺検診結果(さっぽろ厚別通内科杉澤医師提供)。
検査結果は、次のようなものです(表1)
受診者総数 3765人(100%)
2622人(69・6%)しこりや嚢胞がなかった、1117人(29・7%)5ミリ以下のしこりか20ミリ以下の嚢胞があった、26人(0・7%)5・1ミリ以上のしこりや20・1ミリ以上の嚢胞があった。
(2).札幌の避難者の子どもに見られるしこりと嚢胞
首都圏で2012 年2 月23 日に発売された週刊文春3 月1 日号に、「衝撃スクープ 郡山4 歳児と7 歳児に『甲状腺がん』の疑い!」と題して掲載された記事によると、郡山から来た「7 歳女児(検査当時)の小さな喉にある甲状腺に、8 ミリの結節(しこり)が、微細な石灰化を伴ってみられた」とあり、「がん細胞に近い。」と医師の発言があったことが報じられています。その後、さっぽろ厚別通内科にて実際に検診を行った杉澤医師が、内容の一部を否定する記者会見をし、それに対して取材側が反論の記者会見を行っています。
(2)では、杉澤医師によって記者会見の席で配布された検査結果に従って(ここでは記者会見による論争部分には触れずに)、さっぽろ厚別通内科による甲状腺検診の結果について分析します。
表2 さっぽろ厚別通内科による甲状腺検診の受診者について
札幌で行われた検診の対象者は主として避難者ですが、その出身分布と年齢構成は表2に見られるもので、18歳以下の子どもたちの合計は170名でした。診察結果は表1に合わせて示されていますが、検査結果は、170人(100%)受診者総数136人(80.0%)しこりや嚢胞がなかった、30人(17.6%)5ミリ以下のしこりか20ミリ以下の嚢胞があった、4人(2.3%)5・1ミリ以上のしこりや20・1ミリ以上の嚢胞があった。
原子炉周辺の子どもたちの約30%に見られた小さめのしこりないし嚢胞は、こちらでは約18%の子供に見られました。大きめのしこりないし嚢胞は前者が0.6%だったのに対して、こちらは、2.3%と多めです。「ガン化」している事実があったかどうか不明である「郡山の7歳児に8ミリのしこり(結節)や、4歳児に10ミリと4ミリのしこりがみられた」のはこの集団中に含まれます。
内部被曝した放射線量が多いか少ないか、その量は確かめられていませんが、おそらく前項(1)で述べた東電福島第一原発周辺の子どもより総体として少ない線量と見なしてよいのではないかと判断しています。しかし、しこりと嚢胞持つ子どもの割合はこちらも20%と非常に多いものです。このしこりと嚢胞持つ率が高いことが、検診を受けた両グループに特徴的なことです。
(3).データは何を意味するものだろうか
これらの検査結果に対して、(1)の検査結果で、子どもの30%にしこりと嚢胞が見られるとき、或いは(2)の検査結果で、子どもの20%にしこりと嚢胞が見られるとき、これを報道されるように「原発の影響とみられる異常は見られなかった」と判断してよいでしょうか。小さいとはいえ、しこりや嚢胞があること自体が「原発の影響」そのものによるではないでしょうか。
甲状腺のガンは、ベラルーシでは、チェルノブイリ以前は十万人に0.1 人(すなわち100 万人に1 人)しか現れていないといいます(菅谷昭,Y ・E・デミチク,E ・P・デミチク:国立甲状腺ガンセンター(ベラルーシ)「ベラルーシの子供の甲状線ガン」216頁(今中哲二編「チェルノブイリ事故による放射能災害」所収))。 しかし私の意見書(甲49)4頁に記したように、チェルノブイリ周辺ルギヌイ地区では、1000 人中に10人以上の規模で、子どもの甲状腺がんが観測されています(イワン・ゴドレフスキー、オレグ・ナスビット:ルギヌイ地区医療協議会、ウクライナ科学アカデミー、水圏生物学研究所「ウクライナ・ルギヌイ地区住民の健康状態」(甲64.今中哲二編「チェルノブイリ事故による放射能災害」所収))。
他方、子どもの甲状腺の結節、しこりや嚢胞については、日本ではどの程度の割合で現れるかは、実態的にデータが無いといいます。子どもが甲状腺を患って病院を訪れることはまず無いのだそうです。現在のところ、確かに個々の子どもの状況は「良性(悪性では無い)」であり、「病変」と言えるレベルではないかもしれません。
しかし、「安心していれる」状態とみてよいものでしょうか。子どもの健康管理にとって、大きな警鐘を鳴らしていると見るべきではないのかということを示唆する事実を(1)ベラルーシの研究者、Y.I.バンダジェフスキー氏の病理解剖の研究、(2)ベラルーシの研究者、M.V.マリコ氏のベラルーシのがん発生数の変化の研究により考察します。
2.ベラルーシの市民の臓器への放射性物質(セシウム137)の蓄積
(1).市民の臓器蓄積量
ベラルーシの研究者、Y.I.バンダジェフスキー氏はチェルノブイリ事故後、1997 年に死亡したベラルーシの市民の病理解剖の結果、次のような結果を報告しています(図1)。
図1 は、ベラルーシに於ける1997年の死亡者の臓器中のセシウム137 の濃度を示します。「内部被曝で身体中に入った放射性物質が、どこに運ばれて“定着”しているのだろうか?」という疑問に、明解に回答を与える結果であります。
病理解剖の結果の特徴は、
(1) 8 臓器にまんべんなく蓄積されています。このことは、放射性セシウムは体のあらゆるところに運ばれていることを示唆しているのです。
(2) 子どもの蓄積量がどの臓器でもおとなの蓄積量を上回ることを示しています。
(3) 甲状腺にセシウムが非常に多いのが特徴です。とくに子どもの甲状腺蓄積量が際立って多いのです。
図1 1997 年に死亡した成人と子どもの臓器別放射性元素濃度(ユーリ・バンダジェフスキー「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響」15頁。久保田護訳、合同出版)
(2).放射性物質の健康被害の予測につながる事柄
この結果から考察される事柄はどのようなものでしょうか。
(1) (全身いたるところに)
セシウム137が全身あらゆるところに運ばれているということは、全身いたるところで、あらゆる症状、あらゆる病気や機能不全が生じる可能性を物語っています。放射線被害を急性症状に加えて、発がんや少数の疾病だけに限定している現在のICRP の考え方は、「被害事実に忠実では無い」と批判され続けてきましたが、この調査結果はこの狭い「放射線起因の疾病は限定されている」という考えを真っ向から否定しているように現れています。
東北地方や関東地方で東電原発事故以後多数訴えられている(例えば、子どもと未来をつなぐ会・町田1)多様な症状:鼻血、喉の痛み、気管支炎、下痢、血便、等々、は全て放射線内部被曝が起因している可能性を、
この結果は与えています。放射線原因の可能性がある以上、可能性に基づく考察を誠実に反映して、国や行政も即刻の子供保護を行う必要をこの結果は訴えています。
(2) (被曝され続ける甲状腺)
ベラルーシの病理解剖の結果は、セシウムが甲状腺にたくさん蓄積されていることを示しています。チェルノブイリ事故も東電福島事故も、ヨウ素とセシウムが放射性噴出物の主成分であることは共通しています。
ベラルーシの子供の甲状腺への蓄積状況は、福島在住だけでなく、全国にいる子どもの甲状腺が、今もなお「セシウムの放射線で被曝され続けている」ことを示唆しています。
(3) (甲状腺の病気発生)
福島で30%程、札幌で20%程の子どもに現れたしこりや嚢胞は、今も、これからも、さらに放射線により打撃を受け、しこりや嚢胞ががんに発展する可能性を示す「異常事態」を暗示しているのではないでしょうか。
Y.I.バンダジェフスキー氏のこの調査結果は、日本でも甲状腺疾病とガンの大量発生を予測させるデータ解釈を提供していると見るべきです。
(4) (放射性微粒子のままで体のあちこちに)
Y.I.バンダジェフスキー氏の「甲状腺にセシウムが大量に蓄積されている」という事実報告はもう一つ悲劇的な予想をもたらします。甲状腺にセシウム137 が多量にあるということは、ヨウ素が甲状腺に集められる際に、ヨウ素とセシウム等が放射性微粒子を形成しているので、微粒子のままヨウ素と一緒にセシウム等が甲状腺に運ばれているということを、必然的に推察させます。そうすると体中に運ばれているセシウムは、微粒子としてその周辺に集中的な分子切断を及ぼし続けていることを物語っています。原子が単一の状態にあるときに比べて、微粒子を形成して集団でいるときの分子切断の密集性は、はるかに大きな危険性を与えます。また、「確認されているセシウムだけでなく、ストロンチウムやプルトニウムを含むあらゆる放射性原子を内包する可能性のある微粒子として運ばれている」ということを示しています。他の元素のそれぞれ特有の危害が予想されるということが懸念されるのです。
(5) (いつまで「良性」が維持されるか)
30%および20%の子どもに見られた、「今は良性だとされるしこりや嚢胞」は、今後の健康状態について極めて大きな懸念を与えています。数年毎ではなく、頻繁に、丁寧に観察し、いかなる変化も見逃すことなく、健康を悪化させることを防ぐ必要があることをこのデータは警告しています。
3.発がんに至る期間
(1).内部被曝の特徴
放射性微粒子は目に見えなくとも多数の原子で構成されます。例えば、直径が1000 分の1mm 程の微粒子では、1兆個も原子を含みます。また、外部被曝ではほとんど被曝に関与しなかったアルファ線やベータ線という短い距離で止まってしまう放射線が、内部被曝では大きな被曝線量を与えます。放射線の作用は分子を切断して生命機能組織を破壊します。これらの放射線が放射性微粒子からたくさん出てきます。内部被曝では放射性微粒子の周囲に、局所的に密集した分子切断を行い、時間的にも継続的に集中した被曝を与えることから、
発がんに至る期間が短縮される科学的可能性が十分あるのです。発がんに至るのは、遺伝子の分子が切断され、間違ってつなぎ直す「異常再結合」が生じ、変成された遺伝子が生き残った場合が、発がん等に危険な存在となります。この変成された細胞が一定の数量に達した時、ガンとして活動し始めると言われていますが、通常は変成遺伝子の細胞が一定量に達するまでに、かなりの時間が掛かります。放射性微粒子による被曝は、放射性微粒子の周辺の一定部位に頻繁に異常再結合を与える機会を持ち、変成された遺伝子細胞の増殖・増加を早める可能性を持ちます。この「早期発がん」はチェルノブイリ爆発後の翌年に早くも、おとなにも子どもにも甲状腺がんの増加としてベラルーシで記録されています(次頁の表3)。
(2).ベラルーシにおける発がん
次の表3はベラルーシにおいて1986 年のチェルノブイリ事故を挟んで前後8 年ずつの甲状腺発がん数を記録したものですが、爆発後1 年の1987 年で早くも増加が記録されています。ベラルーシの研究者、M.V.マリコ氏も「表1(矢ヶ崎注:以下の表3のこと)にみられるように、ベラルーシの小児甲状線ガン発生率は明らかにチェルノブイリ事故直後から上昇している。このような上昇がベラルーシすべての州で確認されている」と指摘しています(別紙3 M.V.マリコ「ベラルーシの青年・大人の甲状腺ガン」218頁右段)。このことは内部被曝で、同じ場所で繰り返される「分子切断・異常再結合」の可能性を強く裏付けるものなのです。
表3 ベラルーシの甲状線ガンの数(M.V.マリコ「ベラルーシの青年・大人の甲状腺ガン」(今中哲二編纂「チェルノブイリによる放射能災害」所収)
(3).5 年経たないと発がんしないか
5 年も経たない(1 年経過しない程の)短期間での、甲状腺のしこりや嚢胞に対しても「発がんは5年ほどの後からだ」という固定観念で「未だ安心」と判断するのは、子どもの健康被害を過小評価することにつながる恐れが十分あることを上記表3のデータは示しています。
内部被曝が隠されたままの現状の「放射線医学」によると、「1 年でガン化するはずがない」、「既に仕込まれていたガンが発見されただけだ」と診断する傾向が非常に強いものです。この主張は、一見もっともらしく現れますが、ベラルーシでの1987 年以降の系統的な増加を決して説明できるものではありません。また、仮に既に仕込まれていた「ガン化」であったにしても、放射線ががんとして発現する期間を短縮させていることは明瞭に現れており、「放射線に発がんの責任は無い」と主張することは不可能なのです。
残念ながら、このような論理は、「放射線による疾病を少なく見せて公的な記録に載せようとしない」(核戦争防止国際医師会議ドイツ支部著、チェルノブイリ原発事故がもたらしたこれだけの人体被害:合同出版(予定))論理のひとつとして使われてきました。この論理が、被害者を切り捨てることに使われてきたことは何といっても是正されねばなりません。
4.東電事故後現れた甲状腺のしこりと嚢胞をどう見るべきか?
検査結果が発表された二つの集団の30%および20%に確認されたしこりと嚢胞は、上記のようなチェルノブイリ周辺で経験した病状を教訓として考察するならば、しこりと嚢胞の発生が警告を発していると見るべきです。直ちに子どもの健康防護のための緊急手配をすべきであると考えます。甲状腺など特定の場所だけでなく、あらゆる健康異常に対して万全の備えをすべきであると考えます。それが子供たちの命を救うことにつながります。
政府は放射線の被害を「直ちには健康に被害は無い」とだけ言い、現在健康被害が現れる恐れに対して「無料健康診断」や「医療費無料化制度」など、何ら具体化はしていないのが現状です。子どもの命を大切にし、健康被害を防止する立場からは、あらゆる健康被害の気配を察知し、即刻万全の備えをすることを願うものです。日本国憲法で「個」の尊厳が謳われ、第25条で健康で文化的に生きる権利が保障され、国は誠実にそれを実施しなければならないとされています。この主権者が望む当たり前の願いは、被曝防護としては集団疎開
であり、無料の医療検診、治療制度を確立することから始めるべきだと思います。
5.万全の体制で子どもの健康保護を
東電福島の事故による汚染は100年規模で続くものです。根本的な市民の健康保護の対応は遅れておりますが、今からでも決して遅くは無いのです。まさに今、真剣に子どもの健康保護を考えなくてはならないと思います。国や自治体を挙げて、次のような最小限の健康被害防止策を即刻具体的措置として講ずべきです。
(1)子どもを汚染の無い安全な土地で教育すること。そのために集団疎開などの措置は必須です。ましてや、チェルノブイリ周辺諸国で国民保護のために「避難が必要」とされている基準(移住義務:年間1mSv 以上、移住義務:5mSv 以上)を上回っている汚染土地に「在住させられている」子どもに対しては、待ったを許されません。この点、郡山の抗告人らの学校現場の汚染状態はいずれも「避難義務」の汚染基準を超えているのです(私の意見書(3)(甲93))。疎開措置を講ずることが喫緊の課題です。
(2)福島県内だけでなく日本に在住する子ども全員を対象として、無料の医療検診制度と無料の治療制度を、早急に整えること。
(3)子どもだけでなく、全市民も含めて、総合的な被曝軽減を図る必要がある。移住の権利を認めること。農作物だけでなく、漁業産物も 極めて憂慮すべき汚染実態を持ちます。汚染食糧を排除して内部被曝を防護するためあらゆる措置が講ぜられなければなりません。危険でむしろ懸念すべき除染を即刻辞めさせること。
6.結論
郡山市周辺に展開する放射能汚染の危険に、これ以上子どものいのちを曝すわけにはまいりません。総合的な措置と共に優先すべき課題として子どもの疎開を手配しなければならないと考えます。チェルノブイリ周辺で実施されている国民の命救済策を学び、それを国策として取り入れることを是非実現する必要があります。
7、その他
(1).意見書(甲49)で引用したウクライナルギヌイ地区の健康被害のデータの信用性について
私は意見書(甲49)で、郡山市の子供たちの被ばくによる健康被害を予測するために、「郡山市と汚染度が同程度の地域で、チェルノブイリ(1986 年)後に多量の健康被害が生じた」ことを示して、郡山市の子供たちに今後襲ってくるであろう健康被害を予想しました。この際、チェルノブイリ後の多量の健康被害の発生を説明するためにイワン・ゴトレフスキー、オレグ・ナスビットの論文「ウクライナ・ルギヌイ地区住民の健康状態」(甲64)(今中哲二編「チェルノブイリ事故による放射能災害―国際共同研究報告書」所収)のデータを
使いましたが、この論文は以下の理由で極めて信頼が高いものです。
著者のイワン・ゴトレフスキー、オレグ・ナスビット はルギヌイ地区医療協議会に属し、 ウクライナ科学アカデミー、水圏生物学研究所に勤務しています。地区医療協議会は地区の医療機関の最高権威であり、研究機関の科学アカデミー称号は国の最高研究機関に与えられる資格です。従って、これは国際的にも国内的にも非常に権威ある研究者の調査結果であり、信頼度が特に大きいものと言えます。
(2).弁護団の計算による積算値(甲1・同54)の検証
抗告人の弁護団は、原審で抗告人らが外部被ばくだけでも既に十分危険な状態であることを示すために、次の積算値を計算しました。
?.3 月12日~8月31日まで、7.8~17.16mSv 被ばくしていること(甲54)
?.3 月12日~3月10日の1年間で、12.7~24mSv被ばくすると推定(甲1)
これらの計算について私なりに検討した結果、この計算で問題ないことを確認しておきます。
(3).決定中の「内部被ばくの危険性」に関する部分に対する反論
福島地裁郡山支部は、決定の中で次のように述べています。
「債権者らは,内部被ばくの危険性に関し,債権者らが放射性希ガスの吸入や放射性物質で汚染された土壌と野菜の摂取による内部被ばくの危険性にさらされていると主張し,内部被ばくによる癌や心臓病の発生等の危険性について言及する意見書(甲49,甲72,甲73,甲75,甲76,甲81,甲82等)を提出している。これらの意見が指摘する放射線の内部被ばくの危険性は決して軽視することができるものではないが,個々の債権者らについて,その具体的な内部被ばくの有無及び程度は明らかにされていない。」(19頁)
確かに、私の意見書(甲49)や松井英介先生の意見書(甲72)には、14名の債権者ごとに、彼らが今後、内部被ばくによってどんな健康障害が生じるかについて個別には言及していません。その理由はわざわざ個別に言及するまでもないからです。私や松井先生の意見書の中で、きちんと郡山市で教育を受ける子供たちが今後、内部被ばくによってどんな健康障害が生じるかに指摘しています。そうだとすれば、その指摘は郡山市の学校に通う14名の債権者も当てはまることは言うまでもないからです。どうしてこのような見え透いた
批判を裁判所がされたのか理解できません。その結果、私や松井先生の意見書は決定の中で正当に評価されることなく、闇に葬り去られました。その結果は何の落ち度もない子どもたちの命が闇に葬り去られたことを意味し、それは痛恨の極みというほかありません。
どうか、仙台高等裁判所はこのような誤りをくり返さないでいただきたいと強く願うものです。
以 上