福島原発事故が起こる前から原発に反対してきた人々は、原発での被ばく労働問題を指摘してきた。原発事故以後、事故処理、廃炉処理、除染作業などで「被ばく隠し」「線量計つけず」「除染作業における軽装備」「青少年の除染作業」「原発処理作業員の発ガン」「労災認定の困難さ」など被ばく作業者に対する保護意識と仕組みの不備が目立っている。
◆果てない被ばく労働 「家族に原発で働けと言えますか」
(2012年7月28日) 【中日新聞】
脱原発デモの現場ではあまり語られないが、避けられないことがある。福島第1原発の廃炉処理や除染作業だ。廃炉までには、膨大な労働力と被ばくが伴う。さらに経験の乏しい除染の被ばく対策も課題に挙がっている。昨年末にできた除染被ばく規制は有効なのか。長期にわたる作業を保障するのは、確かな労働者保護の仕組みだ。だが、現場では鉛板による被ばく隠しすら発覚している。 (出田阿生、中山洋子)
事故収束作業息子の「使命感」、胸痛める母
画像脱原発テントの前に立つ原発作業員の母、木田節子さん=27日、東京・霞が関で
「あなたは、あなたの大切な夫、息子に、原発で働けと言えますか。私は言えません。原発作業員の母より」
脱原発デモに、こう記されたプラカードを手にして参加する女性がいる。木田節子さん(58)。長男は福島第1原発の事故収束作業に従事する。
福島県富岡町に家を建て、20年間住んだ。現在は水戸市に避難している。「町内は原発で働く人が多く、息子からも小さな事故の話はよく聞いていた。でも、『自分たちの生きてる間は大事故はねえべ』と話していた」
事故後の10カ月間は引きこもっていた。その間、原発に関する本を数多く読んだ。「勉強が足りなかった。作業員は政治家や電力会社に利用されてきたと気づいた」
長男は19歳で東京電力の下請け会社に就職した。「四次か五次請け」で、8年勤めて月給は手取りで17万円程度。ボーナスもなかった。1年半前に、少し条件の良い今の会社に転職した。
今年2月、避難先に寄った長男とテレビを見ていると再稼働のニュースが流れた。「この国は懲りないね。福島がこんなになって責任も取っていないのに」と木田さんがあきれると、長男は「この国には資源がないから原発が必要なんだよ」とボソッとつぶやいた。
「原発が爆発して住む所を追われた。田舎に原発を造り、地元民が被ばくしても仕方がないと電力会社に思われていることも知らないのか」
しかし、この木田さんの言葉は届かなかった。その後、長男は寄り付かなくなってしまった。
知人の原発技術者から「東電は社員を被ばくさせたくないので、協力会社(下請け)から出向名目で人を呼ぶ。息子さんもいずれ福島第1の収束作業に従事させられるだろう」と警告された。その予想は現実となった。
ただ、他の原発労働者と知り合い、長男の心情を少し理解できた。「みんな被ばくは怖い。『必要とされている』と自己犠牲の精神を奮い立たせ、必死に自分を支えていると思う」
別の原発労働者からはデモに参加した感想を聞かされた。「今すぐ廃炉」という掛け声に違和感を抱いたという。
「廃炉にも40年以上かかる。都会で原発反対と叫ぶ人たちは、その間も被ばく労働が続くことが分かっているのか」
木田さんは最近、原発労働をめぐる対政府交渉に出た。長男と同年齢の官僚が「雇用保険に入っていない作業員が半分くらいいる…」と、淡々と語っていた。同じ国のために働いているのに、この官僚と長男の置かれている環境の違いは何か。憤りを覚えたという。
除染現場リスク深刻 薄い緊張感、放射線管理も後手
福島第1原発で作業を終えた作業員たち。発覚した「被ばく隠し」は氷山の一角か=昨年11月、福島県楢葉町で
原発で危険な作業に当たるのは常に下請け労働者だ。最新の「原子力施設運転管理年報」を見ると、福島第1、第2を除く原発で、大手電力会社の社員1人あたりの平均被ばく線量が年間0.3ミリシーベルトなのに対し、メーカーや下請けなど「その他」作業員の平均は1.1ミリシーベルトと大幅に上回っている。
福島原発間近の富岡町で40年以上、反原発運動に取り組んできた石丸小四郎さんは「政府が事故収束宣言を出してから、福島第1原発で働く人の労働条件が悪化している」と指摘する。
労働者の持つ線量計を鉛板で覆う被ばく隠しが発覚した。こうした被ばく労働の現場は原発の敷地内に限らず、周辺の除染作業にも共通する。
27日には田村市で、国が直轄で除染する「本格除染」が始まった。前段階の除染モデル実証事業では、大熊町で除染に携わった作業員の最大被ばく線量が108日間で11.6ミリシーベルト。5年間の法定被ばく線量である100ミリシーベルトを超える可能性も出てきている。
除染現場の放射線管理が求められている。しかし、対応は後手に回っている感が強い。原発労働者の被ばく対策を定めた「電離放射線障害防止規則(電離則)」は屋内作業を前提としていた。
このため、厚生労働省は昨年末、除染作業での被ばく防止のために「除染電離則」を制定。今月からは対象を広げた改正規則が施行された。しかし、この新ルールでも「労働者を保護できない」といぶかる声は多い。
NPO東京労働安全衛生センターの飯田勝泰事務局長は「作業前には必ず特別教育が必要だとか、粉じんマスクなど決められた装備を守るなど内容は立派だが、どの程度守られるかについては非常に疑問だ」と話す。
「実際は除染作業に当たる業者も労働者も、放射線防護の経験がない場合がほとんどだ。事業者向けの講習もわずか1日。それで必要な手順を身に付けるのは無理だ」
改正除染電離則では、平均空間線量が毎時2.5マイクロシーベルト以下だと個人線量計を着用するのは代表者だけでいい。このルールはボランティアの除染作業従事者にも援用されるが、福島原発事故緊急会議メンバーの那須実氏は「個人線量も管理しないで、被ばくの防護と言えるのか」と警告する。
こうした批判に厚労省放射線対策室の担当者は「国際放射線防護委員会(ICRP)の基準を考慮すると、2.5マイクロシーベルト以下の場合は本来、個人線量を測る必要はない」と強調。実効性についても「適切な管理が行われているかどうかは、労働基準監督署が監督する。除染現場にもすでに入っている」と説明する。
しかし、郡山市に住む労働組合「ふくしま連帯ユニオン」の佐藤隆書記長は、規則と現実がかけ離れていることを指摘する。
国が直轄で除染をする「本格除染」で、神社の境内に堆積した枯れ葉などを取り除く作業員
「実際には公園の除染や街路の枝を払っている作業員も、せいぜいマスクを着けるくらい。きちんと防護しているようには見えない。通学路などは住民たちで除染しているが、被ばく防止の事前講習は全くない。池の周辺や木陰など毎時4~5マイクロシーベルトを超えるホットスポットはあちこちに点在するのに、累積の被ばくは考慮されているのか」
ある意味、原発敷地内ほどの緊張感がない分、除染作業による被ばくは深刻ともいえる。長丁場になる原発内外での被ばくとの闘い。前出の木田さんはこう断言した。
「この国は、放射線と闘う労働者抜きには立ちゆかない。労働環境を整えずして明日はない」
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◆線量計、4割がつけず 福島原発事故直後17日間、のべ3千人
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◆福島第1原発事故の復旧作業員、ガンを発症
<原発作業員>がんで労災、100ミリシーベルトが目安 5年以降発症も要件―厚労省
毎日新聞2012年9月29日(土)13:00
厚生労働省は28日、原発作業員などの放射線業務従事者が発症する胃▽食道▽結腸の三つのがんについて、労災補償する際の被ばくの目安を発表した。(1)累積被ばく線量が100ミリシーベルト以上(2)放射線業務による被ばく開始から発症まで5年以上たっている――の2点を、業務との関連性が強いと判断する目安としている。
東京電力によると、福島第1原発の復旧作業で累積被ばく線量が100ミリシーベルトを超えた作業員は8月末現在で167人に上っている。
同原発事故前の09年12月と11年2月に2人の原発作業員から三つのがん発症について労災申請があった。これを受け、厚労省の「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」が、過去の文献を基に▽被ばく線量が100~200ミリシーベルト以上の場合にリスクの上昇が認められる▽最小潜伏期間は5~10年程度――などとする報告書をまとめた。発表した目安はこの報告書に基づくもの。
厚労省は2人について労災認定したか明らかにしていない。
労災認定された原発作業員は76年以降11人で白血病6人▽多発性骨髄腫2人▽悪性リンパ腫3人。白血病には被ばく線量年間5ミリシーベルト以上とする認定要件があり、多発性骨髄腫は累積50ミリシーベルト以上、悪性リンパ腫は年間25ミリシーベルト以上とする目安がある。【市川明代】
◇死亡リスク0.5%増
各国に放射線防護策を勧告している国際放射線防護委員会(ICRP)は広島・長崎の原爆被爆者の追跡調査に基づき、累積100ミリシーベルト以上の被ばくになると、白血病のような血液がんを除くがんの発症率は直線的に増加すると分析。100ミリシーベルトの被ばくで、がんで死亡する確率は0・5%上がるとしている。100ミリシーベルト未満での健康影響は不明だが、ICRPは、可能な限り被ばくを低く抑えるべきだとしている。
また、短時間に大量の放射線を浴びると、脱毛や出血などの急性障害をもたらし、死に至ることがある。茨城県東海村で発生したJCO臨界事故(99年)では、6~20シーベルトの被ばくをした作業員2人が死亡した。【久野華代】
◆報道写真家樋口健二が語る、被ばく労働の実態
樋口氏が40年被ばく労働について取材した経験とそこから見る福島原発事故のお話。(原子力資料情報室)