トセパンコーヒーの生産団体、メキシコトセパン協同組合。
コーヒーのほかにも、様々な活動に取り組んでいます。
今回ご紹介するハチミツづくりも、そのひとつ。
その製法は日本と少し異なります。
トセパン協同組合(以下、トセパン)のハチミツの特徴は、まずはその個性的な風味です。森に咲くあらゆる花から集められたハチミツには、さまざまな風味が凝縮しています。フルーツの甘さ、かんきつ類の酸味などの風味が口の中に広がります。コーヒーとの相性もよく、スプーン1杯ハチミツを入れたコーヒーには、まろやかさが加わります。
トセパンのハチミづくりには、「発酵」という興味深いプロセスがあります。
ハチミツをタンクに入れ、半年ほど寝かせて自然発酵させるのです。こうして時間をかけて完成するハチミツには、トセパンの森の豊かさが凝縮しているといえます。
トセパンの養蜂は、素焼きの壷を利用して行われます。ハチは地域の固有種で、ハリナシミツバチと呼ばれます。大きさは体長1cmほどで針は無く、刺される心配はありません。トセパンでは、年間を通じて仕事ができるよう、収穫期の異なる作物を森に植えていますが、5月と6月だけは収穫できる作物がほとんどないため、この2ヶ月は、ハチの巣である壷を開けてハチミツを採取します。ハチには針が無いため、子どもや女性も、手軽に作業ができます。そのため、ハチミツの採取は、農作業の少ない時期の仕事であり、子どもたちが心待ちにする家族の行事にもなっています。
<トセパンハチミツの歴史>
古くはマヤ文明の記録にも、このハチミツが重宝されたことが記されています。ミツバチは神の使いであり、ハチミツは神から授かった命の源とされていました。集められたハチミツは、当時のヨーロッパ諸国で高値で取り引きされたそうです。
しかし、過去50年を振り返ると、メキシコ国内の養蜂は西洋ミツバチに取って替わりました。西洋ミツバチによるハチミツの収量は多く、養蜂が効率的なことから、ハリナシミツバチは「非経済的である」と見放されてきたのです。
こうした長い歴史の中で、トセパンの森では細々ながらもハリナシミツバチによる養蜂を受け継いできました。ハチは、コーヒーやこの地域に自生するバニラの花の受粉を促してくれます。バニラの花は小さく細いため、受粉に役立つハチの種類は限られおり、貴重な昆虫としてハリナシミツバチが再評価されています。数多くの小さなミツバチが森を飛び回ることが、森の豊かさが守ることにつながっているのです。
(左:アリのように見えるのがハリナシミツバチ。針がなく安心して作業できます)
(右:壺の中の様子)
<伝統医療とハチミツ>
トセパンのハチミツには、このような逸話が残されています。ドイツのフェアトレード団体からの要望に応えるため、ハチミツの輸出を試みたことがありました。ところが、ドイツに到着したハチミツは没収されてしまったのです。ハチミツが検査された結果、薬用成分が検出されたためでした。食品として輸出されたハチミツはドイツでは薬品とみなされてしまい、必要手続きを踏んでいないとされ、消費者の手元に届くことはありませんでした。
この出来事は、トセパンの組合員であれば容易に理解することができました。トセパンでは、傷薬や目薬としてハチミツを利用しているからです。トセパンの森には、多くの種類の薬草があり、その活用方法は代々伝統医療として地域で受け継がれています。
薬草などの森の恵みは、常に製薬会社の研究対象になっています。(「世界の植物性の薬品のおよそ75パーセントは先住民が使用する薬草から抽出したもので、アスピリンなども含まれる」という記載が国連の報告書にあります。※1引用)さまざまな薬草が身近にあるトセパンの組合員の住む環境は、西洋医療で処方される薬の原材料の宝庫です。よって、こうした薬草の蜜も含むハチミツに、「薬の成分」が含まれていても不思議ではありません。
先住民によって発見、開発、代々継承されてきた薬草に由来する薬品の市場価値は、年間43億ドルを超えます。製薬会社はこうして先住民族の知識を利用しているにも関わらず、利益を先住民族に分け合うことは稀です。私たちが日常的に利用する薬の多くは、トセパンの組合員など、先住民の人々に代々受け継がれてきた知恵であることをもっと知るべきでしょう。
<受け継がれる養蜂>
ハチミツが「食品」か「薬品」か。こうした議論とは関係なく、トセパンの人々の暮らしにハチミツは欠かせません。その表れとして、トセパンの小学校では、ハチミツの採取を体験学習として取り入れています。その指導は、養蜂家グループの代表を務めるルベンさんにより行われ、養蜂技術を次の世代に引き継ぐと共に、森の大切さを伝える場にもなっています。
ハチの巣である壷を開けると、内側はプロポリスで覆われており、ひだ状のミツロウの層があります。これは、空気の層をつくり壷の内部の温度が、大きく変化しないための工夫と考えられています。その奥には、ミツロウの丸い房があります。この1つ1つの房の中に、ハチミツが蓄えられているのです。この丸い房を取り出すのが、ハチミツの採取作業です。壷の中は、バクテリアが発生することも無く衛生的だそうです。そのため、作業の最後には、壷の中に残るハチミツを水で洗い流して、のどを潤す楽しみもあります。ほのかにハチミツの甘さが口に広がり、子どもたちに大人気です。
<ハチミツ加工からひろがる トセパン商品の可能性>
2010年、トセパンではハチミツの研究施設と工房をつくり、ハチミツの加工を始めました。天然素材の石けん、保湿クリーム、整髪料など、安心して肌につけられる商品が生まれています。興味深いのは保存料として竹からの抽出液が使われていることです。竹の抗菌作用に着目して、竹の抽出液を天然の保存料として利用しています。他にも、トセパンでは、竹をお隣のコーヒー畑の境界線として植えたり、小川の流れに沿って植えて土壌流出を避けたりと、成長の速さを生かして活用しています。
長い時を経て育まれたトセパンの森林農法の知識と技術は、コーヒー、果樹、竹などの農作物を育て、養蜂を行い、これらを組み合わせた加工品づくりへと発展しています。
とくに養蜂においては、厳しい時代にも伝統を守る辛抱づよさと、新たな可能性を模索して加工品を生み出す探求心を見ることができます。
(参照)《※》「世界の先住民とはどのような人々でしょうか」