◆『チェルノブイリ膀胱炎』 尿から内部被ばく
(2011年9月14日 東京新聞)から抜粋
福島第一原発事故から半年、子どもの尿から放射性セシウムが検出されるなど、福島県内では内部被ばくの危険にさらされている。チェルノブイリ原発事故で、がん発症の因果関係が認められたのは小児甲状腺がんのみだった。だが、土壌汚染地域からはセシウムの長期内部被ばくによる『チェルノブイリ膀胱炎』という症例の報告もある。提唱者で医学博士の福島昭治・日本バイオアッセイ研究センター所長に話を聞いた。
20年で2倍 研究者の福島氏 危惧
「セシウム137は、膀胱にたまり、尿として排泄される。絶えず膀胱に尿がたまっている前立腺肥大症の患者なら『影響が出やすいのでは』と思ったんです。」化学物質の健康被害を研究する同センター(神奈川県秦野市)で、福島氏は研究に取り組むきっかけを振り返った。
1986年4月、旧ソ連、現ウクライナでチェルノブイリ原発事故が発生。10年後の96年、大阪市立大学医学部第一病理教室教授だった福島氏は、ウィーンで開かれたWHOの会議に出席した。その際、事故の健康被害を研究していたウクライナの教授らと意気投合し、共同研究を始めた。同国では、10万人当たりの膀胱がんの発症率が86年に26.2人だったのが、96年には36.1人と、約1.3倍に増加していた。
原発事故で大量に放出されたセシウム137は土壌に付着し、放射能は30年で半減する。汚染されたほこりや食品などを口から体内に取り込むと、腎臓を通って尿から排泄されるのは40日から90日もかかる。「セシウムによる長期被ばくが原因ではないか?」そう考えて福島氏らは94年から2006に、前立腺肥大症の手術で、切除された膀胱の組織(131例)を分析し、その多くに異常な変化を見つけた。
「顕微鏡で組織を見て、すぐに『これは今までに経験のない病変だ』と驚いた。」と福島氏。通常は同じ大きさに整然と並んでいるはずの上皮の細胞が不揃いな形に変化しており、上皮の下にある粘膜の層には液がしみ出して、繊維と血液が増えていた。
福島氏らは、居住地別に患者を「高い放射線量地域」(一平方キロ当たり30?5キュリー=放射能の強さを表す単位)、「中間的な線量地域」(5?0.5キュリー)、「非汚染地域」の三グループに区分。高線量と中間的線量の地域の約6割で、膀胱がんの前段階である「上皮内がん」を発見した。一方、非汚染地域での発症はなかった。
病変は、DNAでがんの発生を抑える「P53遺伝子」などが、セシウムのガンマ線などで変異して損傷したのが原因とみられた。
福島氏らは、「膀胱がん化する恐れが高い慢性の増殖性膀胱炎」と結論づけ、04年に「チェルノブイリ膀胱炎」と命名した。
その後、同国の膀胱がんの発症率は05年には50.3人と、20年前の2倍近くにまで増加した。「長期にわたる疫学的な調査を実施していれば膀胱がんとの因果関係も分かったはず」と福島氏は力を込める。
日本でも、チェルノブイリ膀胱炎のような現象が起こるのだろうか。
先の3グループの患者の尿中のセシウム濃度は1リットル当たり平均で、高線量地域は約6.47ベクレル。中間的線量地域が約1.23ベクレル、非汚染地域で約0.29ベクレルだった。