SBS二期生の皆さん
ようこそスロービジネススクールへ
正直に言えば、こんなに早く二期生を迎えることになるとは、思ってもいませんでした。昨年の5月に一期生を迎えたときに私は、次の二期生を迎えるのは、一期生が卒業する3年後か早くて1、2年後だろうと考えていました。ところが、一期生の募集を締め切った直後から「次の募集はいつですか?」といった問い合わせが続いたため、二期生の募集を早めたというのが実情でした。一期生と同様に、実績も何もない得体の知れないSBSに果敢に参加してくれたことに感謝したいと思います。
これから皆さんと共に、スロービジネスの冒険に出かけることを楽しみにしています。しかし、SBSに参加すれば、自動的に冒険に参加できるというものではありません。これに参加するには、自らの意思で、自分の足で歩いていかなければなりません。
率直に言って、このSBSを呼びかけた私にも事務局にも、たいした能力はありません。その実態を知って、いずれ皆さんはガッカリされるかもしれません。しかし、そんなことより重要なことは、SBSには一期生にも二期生にも素晴らしい学生が多数入学しているということです。
「スロービジネスって何ですか?」と聞かれて、「いのちを大切にする仕事です」と答えています。「いのちを大切にする」というのは、「人や自然や未来世代のいのちを大切にする」ということと「自分自身の人生を大切にする」という意味もあります。私自身がそうでしたが、自分のこころと向き合い、こころを大事にしながらやっていくと、素敵な出会いがたくさん生まれるようです。
そして、皆さんが「こころを大事にして」行動した結果がSBSへの入学であり、それがいい出会いにつながっていくに違いない、と私は信じています。つまり、SBSというのは「出会いの場」だと思うのです。その出会いを生かすかどうかは、皆さん次第です。
普通のビジネススクールでは、いかに他人よりも多く儲けるかということを教えますが、スロービジネススクールでは、途上国や未来世代も含めた皆が幸せになるにはどうすればいいかを学び、「経世済民」のビジネスを模索していきます。世の中を平和にして、いのちを大切にする社会をつくりたいと思います。
これからお伝えすることは、明るい話ではありません。
今日は入学を祝う日ですので、この話をするかどうかを迷いましたが、「いのちを大切にする」私たちにとって、とても重要なことなので、あえてお伝えしたいと思います。(長文になります)
1986年4月にチェルノブイリ原発事故が起こりました。そのことがきっかけで私は、フェアトレードに取り組むようになり、その後、「原発事故被害者」の医療支援に取り組むようになりました。
現在、「チェルノブイリ支援運動・九州」の代表を務めているのが、ウィンドファームのスタッフでありSBS事務局長でもある矢野宏和君です。
今年、はじめての手紙で、私は友人たちに次のような手紙を書きました。
<昨年末に、アフリカと南米での旅を終えて日本に戻った私は、地震と津波のニュースを聞いて、その被害の大きさに背筋が寒くなりました。そして、日本の海岸沿いに立ち並ぶ52基もの原子力発電所のことを思い浮かべました。あの津波が原発を襲ったら、津波の災害に加えて、放射能による被害が加わることになります。
東海地震が起これば直撃を受ける静岡県の浜岡原発。もし、事故を起こしたときに風向が東京方面に向いていれば、放射能被ばくによって200万人を超える人がガンで亡くなるという専門家のシュミレーションもあります。昨今の地震の多発や東海大地震の予測も含め、いまこそ、私たちは原発や再処理工場やプルトニウムの危険性を自分のこととして、そして、子どもや孫たち未来世代の問題として、真剣に考えるときではないかと考えています。
浜岡原発を止める署名は、すでに40万人を超えています。原発事故の被害は、県境どころか国境を越えて広がります。そして、その被害は世代を超えて広がります。その実例がチェルノブイリでした。
ウインドファームでは1990年からチェルノブイリ原発事故被害者の医療支援活動に取り組んできました。今年で15年になりますが、私は現地の放射能汚染地や医療施設を6回訪問しました。スタッフの訪問回数を合計すると20回以上、ベラルーシやウクライナを訪問してきました。
来年、チェルノブイリは事故から20年になりますが、原発事故による被害はいっこうに治まりません。被害者支援に取り組む現地の友人は、息子をガンで失い(甲状腺ガンが肺に転移)、今また、幼い子どもを抱えた娘をガンで失おうとしています。
今月、京都議定書が発効して、地球温暖化防止のためには原発もしかたないという声も大きくなるかもしれません。しかし、私たちは、ヨーロッパのように脱原発を目指し、風力やバイオマスや太陽エネルギーを積極的に活用し、電力会社がすすめるオール電化生活や使い捨ての暮らしを見直して省エネをすすめ、「原発も地球温暖化もない世界をつくりたい」と明確に宣言したいと思います。
「原発震災を防ぐ全国署名運動」は、市民団体、学者、県知事、元国会議員などが呼びかけていますが、そのうちの一人、哲学者の梅原猛さんは、次のように語っています。「(元スイス大使の)村田さんの意見に共鳴し、呼びかけ人に加わった。一人の学者の良心として賛成した。私自身、『原発は10年で半減し、20年でやめるべきだ』と言い続けてきた。次は自然を征服する時代ではなく、自然と共存する時代でなければいけない。自然を征服する極限が原発。人類の生存にさしつかえあるものをつくるべきではない。そういう文明のままいけば、人間は滅びる。」
一人でも多くの人が「原発震災を防ぐ全国署名運動」に参加されることを広く呼びかけたいと思います。署名用紙は、原発震災のホームページからダウンロードできます。
原発事故の被害の大きさ、その悲惨さを自分の目で見てきた私たちは、この問題に対する責任も大きいと思っています。
浜岡原発の運転停止を求める声明(抜粋)
下河辺 淳(元国土事務次官)
相馬 雪香(尾崎行雄記念財団 副会長)
錦織 俊郎(元日本高温ソーラー熱利用協会 副会長)
長谷川 晃(元米国物理学会プラズマ部会 部会長)
水野 誠一(前参議院議員)
村田 光平(前駐スイス大使) (五十音順)
この声明は、マグニチュード8クラスの大地震の発生が予測されている地域の中心部に位置する中部電力浜岡原発の破局的事故を未然に防ぐため、各界の指導層を始め、国民一人一人が直ちに行動を起こすことを上記の連名で呼びかけるものです。
静岡県の浜岡原発1号機で、昨年11月、緊急炉心冷却システム(ECCS)の配管破断事故が起きました。2日後、同機の原子炉圧力容器から放射能を帯びた冷却水が漏れていたことも判明しました。その原因は現在に至るまで完全には究明出来ておりません。このような深刻な事故により原子力発電全体に対する信頼はまたもや大きく損なわれました。
地震予知連絡会並びに地震防災対策強化地域判定会の前会長である茂木清夫東大名誉教授は、昨年11月13日及び12月9日、そして今年3月5日の静岡新聞の「論壇」で、東海地震と浜岡原発の関係につき3回にわたり警告を発しておられますが、特に次の諸点が注目されます。
1、多くの原発を持つ欧米の先進諸国の地盤は非常に安定しているのに対して、日本は大きい地震が頻発する、地盤が極めて不安定な所である。
2、1995年阪神・淡路大震災の時の高速道路の倒壊などで経験したように、耐震構造の「安全神話」というようなものは頼りないものである。これまで、「耐震基準」が大地震が起こる度に改定されてきたという歴史があり、耐震問題には不確定性が避けられないのが現状である。
3、地震予知連絡会は、東海地方でM8級の大地震が起きる可能性があることを1969年以来指摘し、引き続き国をあげて「東海地震」の予知並びに災害軽減に努力している。その中で想定震源域のど真中にある浜岡に原発を建設し、さらに増設を繰り返してきたということは異常と言うほかになく、到底容認できるものではない。
このように説得力のある警告も関係方面により十分真剣に受けとめられていないことはまことに遺憾です。「原発震災」の可能性については1997年に石橋克彦神戸大学教授も「原発震災 破壊を避けるために」(岩波書店「科学」10月号)の中で地震学者として初めて警告しておられるのです。
わが国は唯一の被曝国として原子力の軍事利用の犠牲国となりましたが、東海村臨界事故を始め度重なる重大事故の教訓に学ぶことなく原発を推進しております。原子力の民事利用の犠牲国への道を歩むが如くです。下記連名の私達がこの声明を発するに至ったのは何としてもこれを未然に防がなければならないとの決意からです。
地震が起きて原子炉の運転を即座に止めても、その崩壊熱が安全域に下がるまでに約三ヶ月かかると言われています。その間に原子炉の冷却装置が機能しなくなれば、炉のメルトダウン(溶融)が起こりうる危険性が高いということです。
日本でチェルノブイリ級の大事故が発生した場合どうなるのか、想像してみて下さい。旧ソ連と違い、90万人近い人間を強引に動員して処理する体制は、日本には存在しないのです。現世代はもとより、子孫代々にわたる被害の大きさは測りしれません。鎮圧不能の事故発生地へは、世界からの救援も期待できません。
住民はもちろんのこと、事故処理に当たることになる関係企業、地方自治体、さらには消防・警察・自衛隊関係者に及ぶ放射能被曝の被害だけでも想像を絶するものがあります。
「原発震災」の発生ともなれば、事故処理は全く絶望的となります。日本が世界を壊すという恐るべき事態の現出です。何はともあれ、浜岡原発はあらゆる代価を払っても一刻も早く運転停止すべきことは自明のことなのです。 >
上記の手紙のなかに、「来年、チェルノブイリは事故から20年になりますが、原発事故による被害はいっこうに治まりません。被害者支援に取り組む現地の友人は、息子をガンで失い(甲状腺ガンが肺に転移)、今また、幼い子どもを抱えた娘をガンで失おうとしています。」と書きました。
友人夫婦の名前は、ナターシャとステパンで、ベラルーシの「低濃度」放射能汚染地域で福祉作業所を運営しています。彼らとそこで働く若者を4年前に日本に招待して、私は日本各地を彼らと共に講演ツアーで回ったことがあります。その中の一つが京都精華大学であり、今もHPにそのときのことが掲載されています。
https://www.kyoto-seika.ac.jp/jinbun/kankyo/symposium/chernobyl/guest.html
https://www.kyoto-seika.ac.jp/jinbun/kankyo/symposium/chernobyl/main_natasha.html
https://www.kyoto-seika.ac.jp/jinbun/kankyo/symposium/chernobyl/greeting_nakamura.html
そのナターシャから2005年2月16日に、一枚のFAXが届きました。
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親愛なる友人の皆様
私達と共にお祈りください。
私の娘、ニーナは2月11日に天に召されました。
それは、静かに眠る様な旅立ちでした。
娘の魂が天国へ行けますよう、祈り願うものです。
孫のナターシャと私自身だけが、私の生きる力です。
娘の夫のゲオルギーは多分、ナターシャを私達のところに置いておいてくれるでしょう。
工房「のぞみ21」は再開しています。この工房があるおかげで、私は救われました。
仕事は私を悲しみと苦悩から解放してくれますから。
(後略)
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子どもたちが、親より先にガンで死んでいく、こんな悲しいことはありません。
原発事故から19年たっても、そんなできごとが続いています。事故から14年後の2000年にウクライナ政府が発表した数字があります。ウクライナ共和国の被曝者342万7千人のうち、病気にかかっている人の割合は、10歳以上で82.7%、10歳未満で73.1%と報告されています。隣国ベラルーシ共和国は、それ以上に汚染されていますが、被曝者に対する社会保障の問題もあり、政府はその実態を公表していません。
放射能の恐ろしさは、その毒性が長く続くこと、そして、細胞分裂の盛んな子どもたちや若い世代により多くの被害を与えるということです。そんな恐ろしい原発が、地震の多い私たちの国に52基も立ち並んでいます。さらに原発は、たとえ事故を起こさなくても「放射性廃棄物」と呼ばれる「廃棄できない毒物」を日々電気と共に作り続けています。事故が起きても起こらなくても私たちは、未来世代に大きな負担を強いることになります。
こんな愚かな社会を私たちは放置したくはありません。
そのためには、二つのレベルで行動する必要があると思います。一つは、自分たち自身の暮らしのあり方、ライフスタイルを変えていくこと。もう一つは、政策レベル、構造レベルで変えていくことです。スローライフとスロービジネスを広げることが、社会を変える大きな力になると私は信じています。
今年のSBSの目標は、「私たちにできることをやっていく」ということです。
原発震災を防ぐ署名をされてない方は、ぜひ署名をしてください。そして、周りに呼びかけてください。
SBS二期生の皆さん、これから末永いお付き合いをお願いします。
スロービジネススクール
校長 中村隆市