7月15日に発行された小出裕章さんの「原発はいらない」を読んで衝撃を受けた。まず、序章に「研究者としての社会的責任」として、次のように書かれている。
政府や東京電力の情報隠しは目に余るほどで、1号機、2号機、3号機が実はメルトダウンしていると、5月になって発表されました。このような情報隠しは国民を欺き、危険に追い込むものです。そこでサイエンティスト有志が次のような提言書を、4月18日付で提出しました。
提言書
内閣総理大臣 菅 直人殿
(前略)
当面の緊急対策について私たちの危惧と提言をさせて頂きます。
すでに信じがたいほどの放射能が拡散しています。その上、事故原発の状況も不透明、収束の見通しも立っておらず、今後も異常事態の重なる危険はいまだ消えていないようです。この状況の中で、近隣住民への放射線被曝の不安解消への真剣で具体的対策を強める必要があります。とくに子供と妊婦には慎重な配慮と施策が求められています。
(1) 現在、公表されている大気中の放射線量や甲状腺の内部被曝量は恐るべき高水準にある。30km圏外飯舘村や川俣町、いわき市などでも、その現状は危惧ですますことのできない高レベルの汚染である。まず緊急対策として幼児・妊婦の疎開に政府は責任をとり、そのために経済的支援を用意すべきである。
(2) 学校敷地、通学路、公園など子供の生活空間・敷地については、早急なる除染の作業を行い、被害軽減の対策を進めることが必要である。
以上提言するに当って、現状の放射能汚染の深刻さに注意を重ねて喚起しておきたいと思います。従来より、放射能の危険から従業員と公衆を守るため、法令によって、「管理区域」を定め、事業者に業務遂行上の必要のある者以外の立ち入りを禁止させています。管理区域は「3ヶ月につき1.3mSvを超えるおそれのある区域」と定められていますが、時間当たりにすると0.6μSvとなります。公表されている大気中の放射線量だけに限っても広範囲の地域が長期にわたって、高濃度の汚染です。たとえば浪江町(赤宇木)では25.3μSv/h(4月16日現在)ですから、規制レベルの実に40倍を超えています。遠く福島(1.87μSv/h)、郡山(1.82μSv/h)でも約3倍の高水準の汚染です。妊婦や幼児がその地域に生活し続けている事実に注目し、深く憂慮いたします。
現実的政策には多くの困難のあることは承知しておりますが、妊婦と幼児への対策として、高濃度汚染地域から可及的速やかに実施されることを、重ね重ね強く提言したいと思います。
2011年 4月 18日
原発事故と今後を憂うるサイエンティスト有志
石田 紀郎、今中 哲二、荻野 晃也、海老沢 徹、川合 仁、川野 眞治、小出 裕章、小林 圭二、柴田 俊忍、高月 紘、槌田 劭、中地 重晴、原田 正純、松久 寛連署者紹介
石田 紀郎 元京都大学教授 現市民環境研究所代表理事
今中 哲二 京都大学原子炉実験所助教
荻野 晃也 元京都大学講師 現電磁波環境研究所主宰
海老沢 徹 元京都大学原子炉実験所助教授
川合 仁 現代医学研究所代表 医師
川野 眞治 元京都大学原子炉実験所助教授
小出 裕章 京都大学原子炉実験所助教
小林 圭二 元京都大学原子炉実験所講師
柴田 俊忍 京都大学名誉教授(機械工学)
高月 紘 京都大学名誉教授(環境保全学)
槌田 劭 元京都精華大学教授 使い捨て時代を考える会
中地 重晴 熊本学園大学教授 環境監視研究所代表
原田 正純 元熊本学園大学教授(水俣学)医師
松久 寛 京都大学教授(機械理工学)サイエンティストとは科学者、研究者を指しますが、学問は社会とつながっているものですから、その責任は重大にもかかわらず、どれほどの科学者がその認識を持っているのか、心もとない限りです。私はこの40年間、科学と社会を切り離し、科学の領域に逃げ込んで自己保身を図るような「専門ばか」には決してならないよう自戒してきました。たとえば前述した「原子力村」の住人になるのは、私にはできないことでした。
福島第1原発事故のあと、政府や多くの科学者が、放出された放射性物質が大量にもかかわらず、「安全だ」「すぐには健康に影響しない」などと発言し、新聞やテレビもそれを受け入れてきました。
私は以前、原子力学会のメンバーでしたが、副学会長に関西電力の元社長が就任したときに脱会しました。
5 原発は差別の問題である
犠牲を強いられる過疎地の住民
東京電力の原発は、福島第一・第二原発、柏崎刈羽原発(新潟県)と、すべて営業地域の外に建てられているのですから、原発周辺の住民が怒る気持ちは当然です。東京都の石原慎太郎知事も「原発を東京湾に作ればいい」と発言していました。でも、実はそれは不可能なのです。法律で、原発は過疎地に作ることが義務づけられているからです。
「人口が密集する大都会周辺に、危険な原発は作れない」ということなのです。これを差別と言わず、何と言うのでしょうか。
原発の燃料の必需品であるウランは、米国やオーストラリアで採掘されますが、その場所は多くの場合、先住民族が住んでいて、彼らが大きな犠牲を強いられています。採掘場で低賃金労働を強いられ、しかも彼らの土地には汚染物質がばらまかれているのです。
私たちは日本のことだけでなく、世界の「原発差別」にも目を向けることが必要だと思います。
行き詰まる六ヶ所再処理工場と、最終処分場の建設
日本では、原発を運転して生じた使用済み核燃料を、再処理するとしています。その工場は、青森県の六ヶ所村に作られています。そして、全国の使用済み核燃料を集め、その中から核燃料のウランとプルトニウムを取り出すという処理工場が現在、試運転中です。しかし、この六ヶ所再処理工場は、操業開始予定が1997年であったのに、トラブル続きのため、今では何と2012年10月に延期され、それですら絶望的です。六ヶ所再処理工場では年800トンを処理する計画ですが、試運転中に工場から大気中と海に放出された放射性物質の汚染はすでに深刻な状態にあり、しかもその汚染は、隣接する岩手県内部や三陸海岸にも広がっています。されに再処理工場周辺の井戸からは、全国平均の7倍に当たるストロンチウム90が検出されたという報告もあります(2010年7月)
6 福島第一原発の暴発は防げるか
綿々と続く被爆覚悟の大工事
建屋内の空気を浄化するフィルター工事、格納容器の底に溜まった汚染水を循環させるための配管を設ける作業、水位を測る計測器の調節など作業員の多大な被曝があって初めて、最悪の事態が防げているのです。本当にありがたいと思います。下請け、孫請け会社の社員だけでなく、東京電力の社員、日立、東芝など原子炉メーカーの社員も建屋の中に入っているはずです。彼らの苦闘が実を結ぶことを願います。
ついに立ち上がった技術者OBたち
元住友金属工業の技術者だった山田恭暉さん(72歳)が、「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」を立ち上げ、次のような呼びかけを発表しました。
———————————–
「福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト」結成へむけて
福島第一原子力発電所の現状についてはいまさら説明するまでもありません。しかし確認しておかなければならないことは、次の事実です。
1 暴発を防ぐためには、ホースによる散水のような一時的な処置ではなく、10年の単位の時間安定して作動する冷却設備を設置し、これを故障することなく保守・運転し続けなければならない。
2 この冷却設備の建設・保守・運転は、すでに高度に放射能汚染された環境下で行わざるを得ない。
3 もし、安定した冷却設備を建設・保守・運転できなければ、3000 万人もの人口を抱える首都圏をも含めた広範な汚染が発生する可能性がある。
このような最悪のシナリオを避けるためには、どのような設備を作ることが必要か、放射能汚染を減らすためにどうしたらよいか、などなど、数多くの技術的課題があることはもちろんです。この点についても日本の最高の頭脳を結集した体制ができていないことは大きな問題です。さらにもう一方では、最終的に汚染された環境下での設備建設・保守・運転のためには、数千人の訓練された有能な作業者を用意することが必要です。現在のような下請け・孫請けによる場当たり的な作業員集めで、数分間の仕事をして戻ってくるというようなことでできる仕事ではありません。
身体の面でも生活の面でも最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかもこれまで現場での作業や技術の能力を蓄積してきた退役者たちが力を振り絞って、次の世代に負の遺産を残さないために働くことができるのではないでしょうか。
まず、私たち自身がこの仕事を担当する意志のあることを表明し、長期にわたる国の体制として退役した元技能者・技術者のボランティアによる行動隊を作ることを提案し要求していきたいと思います。
当面次のことを提案します。
4 この行動隊に参加していただける方を募集します。
原則として60 歳以上、現場作業に耐える体力・経験を有すること5 この行動隊を作ることに賛同し、応援していただける方を募集します。
(原文のまま)
————————————–
小出裕章さんの「原発はいらない」を読んで衝撃を受けたのは、このあとの文章である。40年間、原子力を研究し、放射能の怖さを知り尽くし、原発に反対し続けてきた小出さんが次のように書いている。
これからの作業には、どうしても人手が必要になります。しかし、限られた若い作業員だけに大量の被曝をお願いするのは非道というものであり、また技術者OBであれば、慣れない作業員より効率的に働けるかもしれません。
私は山田さんのプロジェクトに賛同しました。このプロジェクトは東京電力から拒否されたようですが、事故収束を図る東京電力の苦境が深まる中、実現の可能性も見えてきています。実際、5月末には細野剛志首相補佐官(現・原発事故収束・再発防止担当大臣)と山田さんらが会談し、今後のことについて語り合ったそうです。プロジェクトが現実に動き出す可能性が出てきました。
このプロジェクトは、別名「シニア決死隊」とも言われているそうですが、呼びかけ人の山田さんに気負うところはなく、「合理的に考えたら、経験のある技術者の自分たちが行くべきではないかと思います。死ぬ気はありませんが、あとの世代を生かすために行くつもりです」と淡々と語ります。
前述しましたように、私は原子力に携わってきた人間として、福島第一原発事故の責任の一端は負わなければならないと思っています。事故の収束に向けて自分にできることがあれば担いたいと思い、プロジェクトに参加することにしました。私も60歳をすぎて、放射能感受性がとても低くなっていることも、参加理由の一つです。
・
※高齢技術者「若い奴にはやらせない」原発暴発阻止プロジェクト
(2011/4/22 週刊金曜日)