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◆26年後のチェルノブイリ報告 健康被害、3世代に
(2012年10月1日 北陸中日新聞)
8歳児 心臓、甲状腺に障害
原発事故でまき散らされた放射能汚染は、子どもらの健康をいかにむしばむのか。事故から26年後のチェルノブイリを視察した日本の作家やNPO法人が、現在進行形の被害や苦しみを相次いで報告している。福島の子どもらに、同じ悲劇を繰り返させてはならない。学ぶべきものとは。 (林啓太)
「高い放射線量で内部被ばくした女性の子どもたちのほとんどに健康被害があった。悲劇だ」
俳優で作家の中村敦夫さん(72)が険しい表情で語る。
日本ペンクラブの環境委員長として、浅田次郎会長らと4月中旬から1週間の日程でウクライナを訪れた。1986年4月に事故を起こしたチェルノブイリ原発の廃虚やその周辺を巡り、健康被害に苦しむ住民や医師らに話を聞いた。
原発から南に約100キロ離れた首都キエフ郊外にウクライナ内分泌代謝研究所がある。面会した男性(34)は事故当時8歳で、20年以上もたってから甲状腺がんを発症した。
画像石棺で覆われたチェルノブイリ原発=中村さん提供
テレシェンコ医師によると、事故時に18歳以下の人に施した甲状腺がんの手術は90年に64件を数えたが、「それが2010年に約700件に上った」と説明した。
小児甲状腺がんは、飲食を通じて放射性ヨウ素を喉にある甲状腺に取り込み、細胞ががん化した病気だ。事故の4年後ぐらいから急増し、90年半ばをピークに減った。ところが当時の子どもが大人になった今、甲状腺がんを多発している。半減期が長いセシウムが蓄積されて被ばくしているとの報告書もある。
小児甲状腺がんは国際的に原発事故との関連が認められている。中村さんは「後から発症する人も放射線との関連を疑うべきだ」と指摘する。
日本ペンクラブの視察団はほかに、事故から約20年もたって生まれた子どもに、放射線の影響をうかがわせる障害があることを報告している。
原発から西に約80キロのナロジチ市で、市民病院の近くに住むブラート君(8つ)。心臓や甲状腺に障害があり、生後4カ月をはじめに5回も手術を受けた。年の離れた2人の姉も甲状腺に障害がある。母親は事故時、10代後半だった。中村さんは「ほかにも筋肉まひや発達障害など、さまざまな病気に苦しむ子どもたちがいた」と話す。
足首や関節に 痛み訴える子
画像エフゲーニャちゃん(右)が痛みを訴える足に手を当てる小若順一さん=5月、ウクライナ・エルコフツィー村で(小若さん提供)
同様の健康被害は、NPO法人「食品と暮らしの安全基金」(さいたま市)も現地で把握した。原発事故を経験した女性の孫の世代までを対象とした健康調査を今年2月に開始。5〜6月には、原発の半径約150キロの8つの村で、14家族の61人や小学生らに聞き取りした。
放射線の健康被害の研究は、がんや心臓病、白内障などの症例が知られているが、小若順一代表(62)は「幼児や児童らが足首や関節に痛みを抱えるケースも多いことが分かった」と明かす。
原発から120キロほど西にあるモジャリ村。約20人の小学生に「脚が痛くなる人は」と聞くと半数近くが手を挙げた。膝、すねやくるぶしに痛みを感じると言い、痛む箇所を指さしたりさすったりしてみせたという。
野生キノコやブルーベリー 食料自給が影響?
原発から南東に140キロのエルコフツィー村では、エレーナ・モロシュタンさん(27)が「心臓が痛い」と話し、長女エフゲーニャちゃん(3つ)もくるぶしの痛みを訴えた。
エレーナさんは放射能に汚染された場所に半年間、住んでいたことがあるが、エフゲーニャちゃんが生まれた同村は「非汚染地帯」とされる。小若さんは「子どもが関節に痛みを覚える以上、放射線の影響も想定せざるを得ない」と続ける。
「ウクライナの田舎では食料の自給率が高い。原発事故のころに妊婦だった女性が汚染された野生のキノコやベリー類などを食べ続け、胎児の遺伝子が傷付き、それが孫の世代まで影響を及ぼしているのではないか」
チェルノブイリの周辺では今も汚染されたものを食べる危険にさらされている。食料品の線量を調査する現地の疫学検証センターの担当者は、日本ペンクラブの視察団に「牛乳や肉の線量は低下しているが、キノコは7万6000ベクレル、ブルーベリーも5200ベクレルと異常に高い地域もある。野生動物の肉も線量は高い水準のまま」と説明した。
小若さんは「胎児の細胞の遺伝子を傷付ける食べ物の放射線量、摂取した量や期間を明らかにした研究はあまり知られていない」と指摘。基金は9月24日から3回目の現地調査を行い、住民の食べ物の放射線量も本格的に調査している。
これまで牧草地や菜園など20カ所で放射線量を測ると、平均値は毎時0.115マイクロシーベルトなのに、放射線の影響が疑われる健康被害も出ている。
小若さんは「福島県内に毎時0.115マイクロシーベルトを超える地域は多い。現時点では、妊婦がウクライナの農村のような自給自足の生活を送った場合、子どもの健康に害を及ぼす可能性を肝に銘じる必要がある」と警告する。
福島原発事故の子どもの健康への影響をめぐっては、甲状腺検査で1人が甲状腺がんで、ほかにしこりも多く見つかっている。小若さんは国などにこう注文を付ける。
「チェルノブイリの事例からも、放射線が人体にどのような影響を及ぼすのか、解明されていない点は多い。対応の遅れで正真正銘の被害者を出さないためにも、子どもの健康被害の可能性を最大限にくみ取って対応や調査をしてほしい」
事故に関心 持ち続けて
そのウクライナでは原発事故の記憶が風化しつつあるという。「時間がたつほど原発事故の被害は見えなくなる」。同国出身で、東京で通訳業を営むエレーナ・ポタポワさん(40)が話す。
原発事故の時はキエフで暮らしていたが、父親の計らいで別の場所に一時避難した。日本に住んで約10年になるが、2度も原発事故を経験した。「都会の人は事故を忘れがち」。エレーナさんには、福島原発事故の前のにぎわいを取り戻した東京がそう見えて訴える。
「チェルノブイリや福島では時間は止まったまま。事故に関心を持ち続け、放射線の被害で苦しんでいる人たちを支援することが大事です」
前出の中村さんは、福島第1原発の周辺自治体などを帰還のために除染する方針に異を唱える。「チェルノブイリ周辺も除染して農業の再開を試みたが結局、諦めて移住したケースが多い。広大な森林は手付かずで汚染されたまま。放射性物質は消えず、除染は気休めにすぎない。除染事業が新たな大手業者の『利権の巣』にならないようにしなければならない」
デスクメモ
中村さんは参院議員時代、脱原発を唱え、いち早く再生可能エネへの転換を説いた。小中学のころの10年間を福島県いわき市で過ごす。その浜通りの人びとは放射能汚染で追われた。「気分が鉛のように重い。晩年にこんな思いをするとは」。思い出の詰まった故郷の再生にペンで訴えていくつもりだ。(呂)