◆3・11から3年 どんどん濃縮される「汚染水」 どんどん忘れる「日本人」
(2014年03月11日 週刊現代)から抜粋
一喜一憂すべきとは言わない。前を向くことも必要だ。だが、日本人はあまりにも、放射能の危機に慣れきってしまったのではないか。「あの日」の私たちが3年後の日本を見たら、何と言うだろう。
汚染水より五輪に夢中
復興需要は衰える気配を見せない。青森県や山形県、宮城県では、高校卒業者の内定率が高水準を記録している。建設・土木関連企業は東日本を中心に好業績を維持。被災地の復興がひと段落したら、このまま2020年の東京オリンピックへとなだれ込むぞ―そんな声が日本のあちこちから聞こえてくる。
一方で、東日本大震災の発生直後から福島県に入り、放射線量測定や除染で今なお県内を走り回る、獨協医科大学准教授の木村真三氏はこう言う。
「福島県内で講演をすると、いまだに『洗濯物を外に干してもいいんでしょうか』『外に出るときは、マスクを付けたほうがいいんですか』といった質問をよく受けます。専門家もメディアも頼りにならない。誰の言うことを信用していいのか分からない。手探り状態のまま、福島で暮らしてゆくほかないという方が、まだたくさんいるんです。
原発に対する日本人の危機感は薄れてゆく一方ですが、福島県民は今も、不安の中で生きています」
「いまさら震災のことを蒸し返してほしくない」という向きもあるかもしれない。だが、いくら東北の景気が回復しつつあるといっても、福島県の、そして福島第一原発のおかれた状況が変わったとは言いがたい。そのことを如実に示しているのが、超高濃度汚染水の漏洩事件だろう。
先月20日、福島第一原発の敷地内に置かれた汚染水タンクから、水が大量に溢れ出ているのが発見された。タンクに入る汚染水をコントロールする弁が開きっ放しになり、十数時間にわたって、満水のタンクへ汚染水が注がれ続けたのだ。
溢れた汚染水は110t、一般家庭の浴槽で言えば約500杯分である。また、検出された放射性物質の量は、ベータ線核種だけで1リットルあたり2億3000万ベクレル。原発事故後に見直された飲料水中の放射性物質許容量が1リットルあたり10ベクレルだから、いかに高濃度であるかよく分かる。
オリンピック招致合戦のさなかの昨年8月、1リットルあたり8000万ベクレルの汚染水300tがタンクから漏れた際には、日本中が大騒ぎになり、政府は火消しに躍起になった。安倍総理が9月のIOC(国際オリンピック委員会)総会で「汚染水は完全にブロックされている」と発言し、大批判を浴びたことは記憶に新しい。
あれからたった半年しか経っていないにもかかわらず、そして3倍以上に「濃縮」された放射性物質が漏れたにもかかわらず、もはや誰も汚染水のことを口にしない。
「汚染水の濃度がどんどん上がってきている事実については、国や東京電力もそのまま公表しています。しかし今回は、公表のタイミングがソチオリンピックや大雪と重なったこともあり、一般の人々の目はそちらに集中していた。その結果、危機意識が高まりませんでした」(前出・木村氏)
報道もめっきり減った
改めて振り返ってみると、この1年、福島第一原発では大規模な高濃度汚染水漏れが何度も起きている。
昨年4月、2号機の地下貯水槽から約120tの汚染水が海に流出したのを皮切りに、8月には前述の300t漏洩が起き、10月には原子炉冷却に使った海水を淡水に変える装置から汚染水が漏れ、6人の作業員が被曝している。これはのちに、協力会社所属の作業員が誤って配管を取り外したことが原因と分かった。
相次ぐトラブルの背景には、事故収束の見通しが立たない現場の疲弊がある。原発事故の発生直後からツイッターなどを使って情報発信を続け、昨秋には手記『福島第一原発収束作業日記3・11からの700日間』を刊行した原発作業員・ハッピー氏(本名非公開)が訴える。
「先月起きた高濃度汚染水漏洩も、原因は機械の故障ではなくヒューマンエラーだとみられています。
トラブルを防止するには、作業を指揮するベテラン作業員が目配りをすることが重要です。3000人の作業員がいたとしたら、最低でも300~600人ほどのベテラン班長が必要になる。しかし昨年末以降、3・11からずっと頑張ってきたベテラン作業員が、30人以上も線量の上限を迎えて、前線を離れてしまいました」
原発作業員の被曝線量の上限は5年間で100ミリシーベルトと定められており、その値に近づくと、数年間は高線量の現場で勤務することができなくなるのだ。
安倍政権は先月25日、新たなエネルギー基本計画の政府原案をとりまとめたばかりだ。大方の予想通り、そこにはこんな文言が躍っている。
〈原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める〉
原発再稼働に向けた動きは、早くも福島第一原発での人手不足に影響し始めているという。
「東電管内の柏崎刈羽原発などでは、再稼働に向け、事故後に定められた新しい安全基準に適合させるための工事が行われていて、今そちらに作業員が取られています。作業員にも生活がありますから、短期間で被曝上限に達してしまう福島第一原発よりは、他の原発に行ったほうが長く働ける。
作業員の確保には大手ゼネコンが関わっていますから、今後オリンピックに向けた公共事業が始まれば、ますます人手が取られていくのではないかと思います」(前出・ハッピー氏)
頻繁に高濃度の汚染水漏れが起きている一方で、福島第一原発周辺や近海の汚染状況が詳しく報じられることはめっきり減ってしまった。しかし依然として福島県沿岸では、漁業関係者たちは今でも試験操業しか許されず、漁獲高は事故前の1割にも回復していない。
昨年の5月と9月に福島県沖の海洋汚染を独自調査した、米国ウッズホール海洋研究所のケン・ベッセラー博士に現状を尋ねた。
「先日、昨年9月の調査結果を国際会議で発表したばかりなのですが、福島近海ではやはり、原発由来の放射性物質が検出され続けています。特に、’11年時点では放射性セシウムの50分の1しか検出されていなかった放射性ストロンチウムが、セシウムと同程度出てくるようになっている。汚染水や地下水を通じて、海へ放出されるストロンチウムが増えていることは間違いありません」
福島県沖の海産物については、セシウムの検査は詳しく行われているが、ストロンチウムの検査は年単位でしか行われていない。ベッセラー氏は、今こそ綿密な検査を実施すべきだと主張している。
「日本政府は海産物1kgあたり100ベクレルという安全基準を設けていますが、この基準を超える海産物もいまだに出ています。これは海外ならば、漁場そのものが閉鎖されてもおかしくないような値なのです」
今でも節電してますか?
福島では、現在もおよそ14万人の県民が、自分の家に帰れないままでいる。
事故直後の’11年夏、大企業から一般家庭まで国をあげて取り組んだ節電の習慣は、いつしか忘れ去られてしまった。
もちろん、誰にも日々の暮らしがある。いつもいつも原発のことを真剣に気にかけていられるほど、人間は真面目にはできていない。ただそれにしても、あれだけの悲惨な事故を忘れて、あたかも前々から決まっていたかのごとく、原発再稼働へと進んでもよいものだろうか。
かつて東芝で原子炉格納容器の設計に携わった、技術者の後藤政志氏が語る。
「自民党は、少し前まで『徐々に原発は減らす』と言っていたはずなのに、国民的議論も経ないまま、いつの間にか約束をひっくり返してしまいました。
私たち日本人は『自分たちは危険極まりないものを扱っているのだ』という自覚を失っている。それこそが原子力と向き合ううえで最も危険なことであり、福島の事故を招いた最大の原因でもあったはずです」
「週刊現代」2014年3月15日号より