クリストファー・バズビー氏インタビュー
(7月8日発売 週刊金曜日)
米国まで広がったプルトニウム
太平洋のグアムやハワイのみならず、米国西海岸まで猛毒のプルトニウムが観測された。では日本では、どこまで事態は深刻なのか。
―プルトニウムが米国の西海岸や他の地域でも検出されました。カリフォルニア州では、過去最高値の43倍という数値(0.0013ベクレル/L)です。
プルトニウムは米国以外でも、私が住む英国でエアフィルターから検出されているのです。このことは、福島第一原発から飛散したプルトニウムの粒子が、今や全世界規模で広がっていることを意味しています。これに伴って、大気中の放射性物質による汚染濃度に比例するがんの疾病率や出産への悪影響を含む、健康悪化の比率が上昇していくことでしょう。
―米国の毒物学の専門家で、チェルノブイリの研究家でもあるジャネット・シャーマン博士は、福島第一原発事故後に米西海岸のサンフランシスコやシアトルなど八都市で、乳児死亡率が35%も上昇したことを指摘しています。これについて、福島原発事故との関連でどのようにお考えでしょう。
プルトニウムとの関連性については、大いにありうることであると考えています。私はこうした乳児死亡率のみならず、出産における男女比をチェックするため、米国西海岸の特定の地域(シアトル近郊のキング郡ですが)におけるデータを提供するよう申し込みました。おそらく入手するにはこれから数ヶ月かかるでしょう。
乳児死亡率については、冷戦期の1960年代における連続した核実験の後に、上昇したという事実があります。しかし被曝量という点では、当時の方がより高かったのです。
要注意の放射性物質
―もしプルトニウムがこれほどまで広範に飛散したのであれば、福島第一原発の近郊のみならず、福島県全体、そして県を越えて東京や日本全体にどこまで拡散したのかという恐れが生じるのでは。
私は、福島と東京で使われた車のエアフィルターを入手しています。特にプルトニウムに限定しなくとも、ここからテルルなど高レベルの放射性物質を検出しました。そのデータを元にして、私が4月に欧州委員会で発表した論文で、私は福島第一原発から半径200キロメートル以内で、今後10年間に20万人以上の新たながん患者が出るだろうと予測しました。
現在まで、残念ながらこの見解を変えるような要素は何一つないと思っています。むしろ実際には、その時期に私が考えていたこと、あるいはテレビで私が発言した内容、つまり危機はまだ続いており、収束には程遠い状態であると発言したのですが、それよりも事態はより悪化しているのです。
―つまり、プルトニウム以外も要注意だと。
もちろんです。私は、同じ呼吸量でもベータ線やガンマ線より臓器、組織に与える影響が高いアルファ線を出す放射性物質として、プルトニウムだけがウラニウムなどと比較して格段に危険であるとは考えていません。危険という点では、トリチウムやストロンチウム90、炭素14、テルル132などもそうです。このテルル132は、例の日本の車のエアフィルターから検出されているのですから。
―日本以外で、世界的に福島第一原発の事故はどのようなものなのでしょうか。
欧州については、影響は限定され、放射性物質もなかなか検出しにくいと思います。顕著な影響があるとすれば、先ほどから出ている西海岸を中心とした米国、そして韓国や中国といったアジアの地域、そしてハワイやマリアナ諸島など太平洋の諸地域ではないかと考えています。
―かつてスリーマイル島原発事故の復旧を手がけた原発エンジニアで、現在CNNなど米国のテレビ放送で、今回の日本の事故について解説者として登場しているアーノルド・ガンダーセン氏は、4月に東京とシアトルの住民が、セシウムやプルトニウム、ウラニウム、ストロンチウム等の高放射性粒子(Hot Particle)を吸い込んだと分析しています。
そのデータについては、私も見ています。日本から入手した車のエアフィルターに基づいて私たちも独自の測定をしたのですが、同じ結果を示していました。
―1986年に起きたチェルノブイリ原発事故も、周辺国に大規模な放射能汚染を広げました。福島のケースとの類似点は何でしょう。
類似点については、二つの原発事故とも、原発を運営する管理者と政府当局が、起きたことについてウソを言ったということです。実際は、旧ソ連政府の方が日本政府よりも事故への対応がより機敏であり、事故現場から半径30キロメートル以内の住民を避難させるのも、旧ソ連政府の方がずっと素早かったのですが。
同時に二つの事故とも、核爆発があったという点です。現時点で私たちはチェルノブイリで核爆発があった事実を知っています。福島第一原発では水素爆発がありましたが、3月14日の3号機爆発については、核爆発であったと私は信じています。どちらであったにせよ、爆発後の放射性降下物には大きな違いは存在しません。
チェルノブイリよりも深刻
―二つの事故の相違点については。
チェルノブイリの場合、核燃料は約200トンしかありませんでしたが、福島の爆発では、大量の放射性物質が高空に放出されました。土壌の放射能汚染に関しても、事故現場から100キロメートル圏外では、福島の方がチェルノブイリよりずっと深刻で、被曝量もより高いのです。
しかも、今回の福島での事故は、3500万人が住む首都圏も汚染している。とりわけ事故現場から半径200キロメートル以内の人口は、1000万人もいる。チェルノブイリの場合は、大規模な人口密集地帯から離れていましたから、福島の方が深刻です。
―福島第一原発事故の現状については、どのようにお考えですか。
繰り返すように、現在でも最悪事態から抜け出たとは、到底考えられません。今後は以下のような可能性があるとみています。
1.原子炉が、作業員が近づけない状態になり、そのまま取り残される。もしこうなると、短期間に原子炉の温度がどんどん上昇し、おそらく約2000トンある核燃料と使用済み燃料の大部分から放射性物質が放出される。その結果、日本の北半分が汚染される。ただ、米国や欧州ではそれほどの汚染の拡散はないのではないか。
2.原子炉が、注水によって冷却され続ける。溶融した燃料棒の表面が冷却されている限り、放射性物質は放出されないが、汚染水は排出され続ける。それは海洋に流され、東日本の海洋全域を汚染する。そして魚介類が放射能で汚染される――という可能性です。
―国際社会が、依然危機的な状態にある原発事故に対してできることはないのでしょうか。
私はこの惨事を生み出した世界の原子力産業が事故の責任を取るべきだと思っています。
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(注)クリストファー・バズビー氏(65歳)は英国な著名な化学・物理学者で、低線量被曝や体内被曝の危険性を以前から指摘してきた。「放射線の危険性に関する欧州委員会」の科学議長として、この4月に発表した福島第一原発事故に関する予測評価レポートで、「事故現場から半径100キロメートルの住民330万人のうち、2012年から2021年の今後10年間で、10万3329人のがん患者が出る」――と算出している。また被曝を避けるため、生徒の疎開を求める親らの福島地裁郡山支部に対する6月の仮処分請求では、それを支持する声明を発表した。
Christopher Busyby/英ウルスター大学客員教授。
インタビュー/乗松聡子・在カナダ
ピース・フィロソフィー・センター代表
訳/成澤宗男・編集部
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