9月20日 西日本新聞朝刊から
牧草、海水浴場・・・暫定値に疑問の声
放射能基準 場当たり的
「合理的」見直し難しく
東京電力福島第1原発事故で放射性物質によって汚染された食品や家畜の餌、土壌などについて、国はさまざまな暫定基準値を場当たり的に打ち出した。一見すると、ばらばらな数値が混在し「飲料水よりも、海水浴場の海水の基準値が厳しいのはなぜか」といった疑問や不満の声が根強い。放射性セシウムは30年後でも4分の1程度にしか減らない。日本は今後、長期にわたって基準値をどう設定するかという難題に取り組むことになる。
▽逆算して決定
「牧草の基準値を聞いたとき『1桁間違えているんだろう』と思った。どうして人の主食のコメより牛の餌の方が厳しいのか理解できない」
牧場を覆う牧草の代わりに、今年は輸入干し草を牛に与えている福島県相馬市の酪農家の男性(65)は、厳しい表情で語る。搾った乳は廃棄を続けている。
今回の事故まで、食品の放射性物質の基準値はなかった。このため厚生労働省は、原子力安全委員会が決めた緊急時の摂取制限の指標をコメや野菜、肉などの基準値に急きょ援用。これらの食品の放射性セシウムの基準値は1キログラム当たり500ベクレルだが、乳牛の餌となる牧草の暫定基準値同300ベクレルの方が厳しい。
牛は大量に牧草を食べる。牧草の基準値は、餌に含まれるセシウムがどれだけ牛乳に移行するかを示した国際原子力機関(IAEA)のデータを踏まえて算定した。所管する農林水産省は「厚労省が示した食品の安全基準を守れるよう逆算し、牧草の数値を決めた」と説明する。
▽異なる根拠
海水浴場の海水について、環境省が定めたセシウムの基準値は、水1リットル当たり50ベクレル。飲料水の1キログラム当たり200ベクレルより4倍も厳しい。
環境省が6月24日に全都道府県に通知した指針では、子供が7?8月の62日間に「毎日5時間遊泳する」「遊泳中に水を1日1リットル摂取する」「毎日遊泳中に1回けがをする」と、ほぼあり得ない想定をした。毎日、大量に海水を飲み、傷口から海水が染み込む。こうした「極端な利用者の場合」でも、被ばく線量は通常時の年間限度とされる「1ミリシーベルト」の1割に満たないと、環境省は安全を強調した。
環境省が1ミリシーベルトを基準の根拠とする一方、厚労省が飲料水の基準で根拠としたのは、原子力安全委員会の指標。この指標は、緊急時を想定し、食品・飲料水を通じた年間被ばく線量限度を「5ミリシーベルト」と定め、そこから数値を逆算している。
▽市民の納得
厚労省は「応急処置ではなく、長期的な視点から新たな基準を設ける必要がある」とし、食品・水の新たな基準策定を近く本格化させる。
国際的な放射線防護の考え方は、被ばく線量に「これ以下は安全という値はない」という前提で「合理的に達成可能な限り低く」という英語の頭文字「ALARA」の原則が基本とされる。だが、どの水準を「合理的」と社会が受け入れるか決めるのは難しい。
米政府は原発事故時の被ばく線量基準を日本と同じ年間20ミリシーベルトとしているが、こうした基準の見直し作業を現在進めており、策定過程で「市民の意見を聞く機会を設ける」(米環境保護局広報官)という。日本でも一般市民の納得を得る手続きが重要になりそうだ