「考・原発 私の視点」 梅原猛
(2012年2月2日 西日本新聞)から抜粋
福島第一原発事故で広大な国土が放射能で汚染され、多くの住民が古里を追われた。事故前の日々には戻れない。日本や日本人が目指してきたものに、どこか間違いがあったのか。
「地震、津波は天災だが、原発事故は『文明災』だ。絶対安心と言って原発を推進してきた政府や東京電力の責任は重いが、それだけでは済まない。世界の文明国は、多かれ少なかれ原子力発電にエネルギーを頼っている。そうした私たちの文明が否定されている」
「人類は最初は木を燃やしてエネルギーを得た。その後、石炭、石油を手に入れた。いずれも太陽の恩恵を受けた動植物が起源である。そして原子力からエネルギーを引き出す技術を発明した。生活を豊かにするためという近代西洋文明の必然の要求だったと思う。しかし、それは悪魔のエネルギーだったことが明らかになった。原発の再稼動はとんでもないことだ」
科学技術の進歩で、人類は豊かさを享受してきた。原発を放棄すれば、経済成長できなくなるとの指摘もある。
「国は核融合研究に多額の予算を費やしてきた。地球上に太陽をつくる研究。でもそれは人間の分を越えた研究だ。原発、原爆も核エネルギーに頼る悪魔の科学が生んだもの。やはり太陽を地球につくるのではなく、太陽の恩恵をより多く受ける科学へとシフトするべきだ」
「今の日本人の生活は結構、豊かで、これで十分ではないか。この生活が末永く続くことが重要だ。そのためには考え方を変え、欲望を満たすことのみを優先させるような思想、文明を捨てなければならない。生活水準を2割抑えれば、原発を使わなくて済む。それを5年か10年続ければ、必要な電力が十分に賄える自然エネルギーが必ず開発される。必要は発明の母。すでに各企業は開発に乗り出しているはずだ」
それまで漠然と考えていた西洋哲学への批判が、東日本大震災で明確になった。政府の「復興構想会議」の特別顧問に就任する一方、エネルギー問題についても哲学の視点から積極的に発言する。
「問われているのは世界観の問題だ。西洋文明は、人間が自然を征服すればするほど幸せになるという思想で、科学技術文明を生み出した。しかし、その文明のままでは、人類の滅亡につながる環境破壊や戦争がある。今こそ西洋文明への忠告を、非西洋側から出すべきだ。日本にはもともと、草木や動物、鉱物も含めた森羅万象が仏になれるとする『草木国土悉皆成仏』という仏教の思想がある。自然の恐ろしさを知り、敬い、共存をはかる思想こそが人類存続の道との思いを強くしている。西洋側も、特に日本的原理に基づくこうした健全な哲学が出てくるのを待っている」
「国は自然エネルギーの研究に予算をつぎ込み、世界の緑を増やすような環境先進国を国是とするべきだ。日本発の哲学を世界に広め、技術も日本が主導すれば、世界から尊敬も受け、利益も得られる。日本人が自信を持てば、それは可能だ」
哲学者 梅原猛さん
うめはら・たけし 京都市立芸術大学長、国際日本文化研究センター所長、日本ペンクラブ会長などを歴任。1999年に文化勲章受賞。宮城県出身。86歳。