土壌のセシウム汚染が強いほどガンが増える チェルノブイリの事例

土壌のセシウム汚染が強いほどがんが増える?
――トンデル博士が語るチェルノブイリ事故の事例(1)

(12/02/15 東洋経済)

 東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の拡散が、人体にどのような影響を及ぼしうるのか――。専門家の間でもさまざまな意見が飛び交い、明快な結論が出ていない疑問である。

 これに対して、福島原発と同じ「レベル7」の重大事故となったチェルノブイリ原発事故に関連して、人体への影響を研究したスウェーデン・ヨーテボリ(イェーテボリ)大学のマーチン・トンデル博士(写真)が1月末に来日。福島市内で行った講演(主催:NPO法人エコロジー・アーキスケープ、国際環境NGO FoE Japan)の中で、興味深い研究結果を紹介した。

 講演は、京都大学原子炉実験所の今中哲二助教が解説・通訳を務める中、トンデル博士が2004年に発表した「北スウェーデンでのがん発生率増加はチェルノブイリ事故が原因か?(Increase of regional total cancer incidence in north Sweden due to the Chernobyl accident?)」と題する研究結果を基に行われた。

 トンデル博士は、1986年のチェルノブイリ原発事故の後、スウェーデンに飛散した放射性物質の影響を調査。「土壌のセシウム沈着量が多い地域に住む人ほど、汚染のない地域に住む人に比べ、がんの発生率が高まる」という結論に至ったという。

 当時、トンデル博士はスウェーデンの21州のうち7州を選び、そこに住む0?60歳の約114万人を対象に、88?96年の9年間に及ぶ追跡調査を行った。

 トンデル博士は、セシウム137の土壌沈着量に応じて対象地域を6つにグループ分けした。汚染度が1平方メートル当たり3000ベクレル以下の地域を「汚染のない地域」と見なし、そのグループを基準として、汚染度が高くなるにつれ、がんの発生率がどう変化するかを調査した。

 このようにして「汚染のない地域」と比較した場合の、相対的ながん発生リスクを調べた結果、汚染度が高くなるにつれて、がん発生のリスクがしだいに大きくなる傾向が認められた。そして、1平方メートル当たり10万ベクレルのセシウム137の汚染があった場合、汚染がない場合と比べてがんの発生率が11%高まることが、統計学的に明らかになったという。

 とはいえ、福島原発事故に関連して、低線量の放射能の影響をはっきりさせることは難しい。個人の生活習慣など、ほかの要因が紛れ込んでくるからだ。そのため、「スウェーデンでの結果を、そのまま福島の状況に当てはめることは避けたい」とトンデル博士は強調する。

 ただ、京都大学の今中助教は、トンデル博士の研究について「きちんとした固定集団の追跡により、低線量被曝とがん発生の相関関係を明らかにした疫学調査。対象者数も圧倒的に多く、意義が大きい」と評価する。

 114万人という数は、88年のスウェーデンの人口が約840万人であることを考えると非常に多く、太平洋戦争で原爆が投下された広島・長崎での被爆者調査の対象者が、約10万人であるのと比べても圧倒的な数だ。

 このような大規模な調査が可能になったのは、スウェーデンで詳細な汚染測定データやがん登録データがそろっていたから。現在、福島でも健康管理調査を行ってはいるものの、「震災直後に何をしていたか」といった質問票が中心で、回収率も低いという。

 「広範な地域で子どもたちの健康状態を定期的に検査し、その変化を追跡するシステムを作って、データを記録しておくことが大事だ」と今中氏は提言。「将来、何らかの症状が出たときに、そうした追跡データがなければはっきりとした診断ができない。影響が出てからでは遅い」と語気を強める。

 福島原発事故に関連して低線量被曝による人体への明確な影響は、現時点で明らかになっていない。トンデル博士の論文についてもさまざまな評価がある。しかしながら、同様に深刻な事故を起こしたチェルノブイリ事故の事例に学び、積極的な対策をとる必要があることは確かだ。

 (平松 さわみ =東洋経済オンライン)

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