1927年8月22日。ミナス州マッシャード市に住んでいた医者アブリジオ・ノゲイラは、コーヒー樹が林立する丘陵地帯の赤い土の道を馬で走っていた。道幅は狭く、きつい傾斜のため、車で通り抜けることはできなかった。数時間前、セーハ・ネグラ農場のイザウチーノの家から、妻コルネイアの出産の急を告げる電話を彼は受けていた。
37歳のコルネイアにとってはこれで15回目の出産。長女セリアはすでに18歳になっており、大きな盥(たらい)にお湯を注ぎ、出産に備えていた。
しばらくして、1人の男の子が生まれた。その1年前、カルロスという名前の13歳の子どもが、大腸の病気で急逝していたので、新しく家族に加わるこの男の子が、その名前を引き継ぐことになった。カルロス・フェルナンデス・フランコの誕生である。
まだ十分な医療が整っていない時代、カルロスが3歳になるまでに2人の兄と1人の姉が病気のために命を失っている。このうち兄コルネリオのことを、カルロスは少しだけ覚えている。
コルネリオはよく働く人だった。ある日、飼っていた牛がいなくなり、風邪を引いていたにもかかわらず、コルネリオは雨の降るなかを馬で探しに行った。そのために治りかけていた風邪は悪化し、肺炎にかかってしまう。
病の床でコルネリオは、2歳の弟カルロスを自らの腹の上に乗せ、「お馬さんごっこ」をして喜ばせた。そのとき見た兄の顔が、カルロスの最も古い記憶である。1929年10月29日、19歳でこの世を去った。
目次
「ジャカランダコーヒー物語」
ブラジルにて「不可能」と言われていたコーヒーの有機栽培を丁寧な土作りと「いのちを大切にしたい」という想いから成し遂げたジャカランダ農場。農場主の故カルロス・フランコさんとジャカランダ農場の軌跡をお伝えします。
- 第1話.カルロスの祖先から
- 第2話.カルロス・フェルナンデス・フランコの誕生
- 第3話.幼年時代、豊かな自然のなかで
- 第4話.父イザウチーノのコーヒー栽培
- 第5話.カルロスの原風景
- 第6話.初恋
- 第7話.青年時代、ブラジルの大河に橋をかける
- 第8話.ジャカランダ農場主として
- 第9話.農薬の到来
- 第10話.次女テルマからのレポート
- 第11話.カルロスと農場スタッフ
- 第12話.福祉活動との関わり
- 第13話.コーヒーの有機栽培へ
- 第14話.リスクを背負って
- 第15話.ジャカランダ農場が受けた被害
- 第16話.本当の豊かさを求めて
- 第17話.「幸運」な出来事
- 第18話.水俣病との出会い
- 第19話.無農薬野菜の産直運動
- 第20話.チェルノブイリ原発事故
- 第21話.病に倒れて
- 第22話.ブラジル、遠く広く
- 第23話.想いを全て伝えて
- 第24話.有機栽培の意味を実感するとき
- 第25話.苦境を越えて
- 第26話.視線は地平線の遥か遠くまで伸び
- 第27話.コーヒー樹に囲まれた生活空間
- 第28話.コーヒー樹を見守り続けて 〜現場監督 ニーノの仕事〜
- 第29話.労働のなかの静かな祈り
- 第30話.コーヒー園に響く幼子の声と歌
- 第31話.ジャカランダコーヒーの生豆、60キロの重さ
- 第32話.老いてもなお
- 第33話.夏の草刈り
- 第34話.日が暮れて
- 第35話.ある雨の日の事故
- 第36話.土曜の夜、協会で
- 第37話.ジャカランダ農場、故郷として
- 第38話.写真でたどるジャカランダコーヒーの旅路 -土から生まれて食卓に届くまで-