その年の10月3日、1年10か月ぶりにブラジルを訪れた中村を、カルロスはジャカランダ農場で出迎えた。中村はカルロスの身体のことが一番気になっていたが、元気なカルロスの顔を見て安心した。
カルロスは農場を案内し、コーヒー樹を新植する地域を中村に見せた。そこで中村はカルロスや農場スタッフと一緒にコーヒーの種を蒔いた。
カルロスは中村にこれからの計画を語った。「コーヒー樹の寿命は15年から20年です。今後は、およそ6年の歳月をかけて、コーヒー樹を植え換えていかなくてはなりません。この新植計画を、中村さんと力を合わせて成功させたいと思っています」
ジャカランダ農場の今後の計画についての話が一段落すると、カルロスは、「チェルノブイリ支援活動の方はどうですか?」と中村に訊ねた。
1月と7月にチェルノブイリを訪れていた中村は、そのときのことを話した。「放射能による甲状腺疾患が年毎に増えています。特に、幼年期に被ばくした子どもたちの甲状腺ガンが目立ちます。しかし経済状況が悪化しているため、子どもたちは充分な検診や治療を受けられません。現地での早期診断と治療をするために、今年は3人の日本人医師が同行してくれました。これから最低でも5年は、この取り組みを続けたいと思っています。ジャカランダコーヒーの売上の一部もこのプロジェクトに使われています」
「次の世代に豊かな自然を残したい」という想いを共有する2人が出会ってから4年。夢はさらに広がる。
カルロスはコーヒーの有機栽培のパイオニアとして、いくつかの新聞に紹介され、農業学校で講師として話をするようになっていた。周辺にも有機栽培を志す生産者が増えてきており「できれば、地域全体を無農薬にしてエコロジーの里を作りたい」と語る。
また、中村は1997年の3月に「ウインドファーム」という新しい会社を設立。「有機農産物だけに限らず、環境保全に役立つ事業に幅広く取り組みたい」と抱負を語る。そのなかには、小型の水力発電や風力発電を広めるという夢も含まれている。
この話を聞いたカルロスは「将来、ジャカランダ農場にも水力発電を復活させ、風力発電も建てたい」と嬉しそうに語った。
71才のカルロス・フェルナンデス・フランコと41才の中村隆市。話は終わることなく、風吹く大地の広がりを前に、2人はその遥か遠くへと視線を伸ばしていた。
「ジャカランダコーヒー物語」
ブラジルにて「不可能」と言われていたコーヒーの有機栽培を丁寧な土作りと「いのちを大切にしたい」という想いから成し遂げたジャカランダ農場。農場主の故カルロス・フランコさんとジャカランダ農場の軌跡をお伝えします。
- 第1話.カルロスの祖先から
- 第2話.カルロス・フェルナンデス・フランコの誕生
- 第3話.幼年時代、豊かな自然のなかで
- 第4話.父イザウチーノのコーヒー栽培
- 第5話.カルロスの原風景
- 第6話.初恋
- 第7話.青年時代、ブラジルの大河に橋をかける
- 第8話.ジャカランダ農場主として
- 第9話.農薬の到来
- 第10話.次女テルマからのレポート
- 第11話.カルロスと農場スタッフ
- 第12話.福祉活動との関わり
- 第13話.コーヒーの有機栽培へ
- 第14話.リスクを背負って
- 第15話.ジャカランダ農場が受けた被害
- 第16話.本当の豊かさを求めて
- 第17話.「幸運」な出来事
- 第18話.水俣病との出会い
- 第19話.無農薬野菜の産直運動
- 第20話.チェルノブイリ原発事故
- 第21話.病に倒れて
- 第22話.ブラジル、遠く広く
- 第23話.想いを全て伝えて
- 第24話.有機栽培の意味を実感するとき
- 第25話.苦境を越えて
- 第26話.視線は地平線の遥か遠くまで伸び
- 第27話.コーヒー樹に囲まれた生活空間
- 第28話.コーヒー樹を見守り続けて 〜現場監督 ニーノの仕事〜
- 第29話.労働のなかの静かな祈り
- 第30話.コーヒー園に響く幼子の声と歌
- 第31話.ジャカランダコーヒーの生豆、60キロの重さ
- 第32話.老いてもなお
- 第33話.夏の草刈り
- 第34話.日が暮れて
- 第35話.ある雨の日の事故
- 第36話.土曜の夜、協会で
- 第37話.ジャカランダ農場、故郷として
- 第38話.写真でたどるジャカランダコーヒーの旅路 -土から生まれて食卓に届くまで-