ジャカランダ農場での作業は、途中、昼食と休憩を挟んで、午後4時に終了する。
スタッフはそれぞれの家に戻り、夕食までの間、シャワーを浴びてくつろぎ、自家菜園の手入れをしたりする。
午後6時には陽が傾き、虫の音が響き渡る。煙突からは煙が立ちのぼり、食卓には必ず上がるフェジョンという豆料理の匂いが風に漂う。
夕陽に照らされた空が、次第に紫へと移り変わるにつれて、家々の窓にはオレンジ色の灯りが浮かび始める。1日の労働が終わった後に訪れる、ジャカランダ農場がもっとも安らぐ時間。そのなかに、入道雲のような背中をゆらしながら家路をたどるマリアーノ(47)の姿がある。
マリアーノは、収穫されたコーヒーの実の管理を担当している。
コーヒーの実から外皮を取り除いてコーヒー豆に加工するまでの処理は、コーヒーの味を決める重要な作業だ。完熟した実が醗酵するとコーヒー豆の味が落ち、品質も損なわれる。それを防ぐために、収穫したコーヒーの実はその日に天日乾燥場に広げられる。5日から10日の間、太陽の光を当てて自然乾燥させ、夜間は1ヶ所に集めてシートをかぶせ夜露から守る。雨にも濡らさぬよう注意しなければならない。
コーヒーの実の外皮には400種類にも及ぶ成分が含まれているが、こうした作業を経て、それらの養分がコーヒー豆へと移動し、コーヒーの味を高めていく。
マリアーノは、実を丹念に乾燥させ、陽が暮れた後もコーヒーの加工機械のなかに身を縮めて入り、納得のいくまで整備を続ける。高品質なコーヒー豆に仕上げるために、絶えまなく注意を向けておかなくてはならない彼には、土曜日も日曜日もない。
が、それにもましてマリアーノはこよなく仕事を愛しているのである。彼がコーヒーの仕事を始めたのは12歳のとき。電気、建築関係の技術を、本を読み、またカルロスに教えてもらいながら、ほとんど独学でマスターした。機械の整備、家屋の建築など、自らの仕事を探し、学び、創ってきた。彼の働きっぷりのよさは、その結果なのだ。
「ジャカランダコーヒー物語」
ブラジルにて「不可能」と言われていたコーヒーの有機栽培を丁寧な土作りと「いのちを大切にしたい」という想いから成し遂げたジャカランダ農場。農場主の故カルロス・フランコさんとジャカランダ農場の軌跡をお伝えします。
- 第1話.カルロスの祖先から
- 第2話.カルロス・フェルナンデス・フランコの誕生
- 第3話.幼年時代、豊かな自然のなかで
- 第4話.父イザウチーノのコーヒー栽培
- 第5話.カルロスの原風景
- 第6話.初恋
- 第7話.青年時代、ブラジルの大河に橋をかける
- 第8話.ジャカランダ農場主として
- 第9話.農薬の到来
- 第10話.次女テルマからのレポート
- 第11話.カルロスと農場スタッフ
- 第12話.福祉活動との関わり
- 第13話.コーヒーの有機栽培へ
- 第14話.リスクを背負って
- 第15話.ジャカランダ農場が受けた被害
- 第16話.本当の豊かさを求めて
- 第17話.「幸運」な出来事
- 第18話.水俣病との出会い
- 第19話.無農薬野菜の産直運動
- 第20話.チェルノブイリ原発事故
- 第21話.病に倒れて
- 第22話.ブラジル、遠く広く
- 第23話.想いを全て伝えて
- 第24話.有機栽培の意味を実感するとき
- 第25話.苦境を越えて
- 第26話.視線は地平線の遥か遠くまで伸び
- 第27話.コーヒー樹に囲まれた生活空間
- 第28話.コーヒー樹を見守り続けて 〜現場監督 ニーノの仕事〜
- 第29話.労働のなかの静かな祈り
- 第30話.コーヒー園に響く幼子の声と歌
- 第31話.ジャカランダコーヒーの生豆、60キロの重さ
- 第32話.老いてもなお
- 第33話.夏の草刈り
- 第34話.日が暮れて
- 第35話.ある雨の日の事故
- 第36話.土曜の夜、協会で
- 第37話.ジャカランダ農場、故郷として
- 第38話.写真でたどるジャカランダコーヒーの旅路 -土から生まれて食卓に届くまで-