第5話.カルロスの原風景

小学校に上がったカルロスは、正午に学校が終わるとすぐに弁当を持って父のところに駆けつけた。最初に覚えた仕事は、天日乾燥場でコーヒーの実を乾燥さ せる作業だった。兄弟のなかで一番年下のカルロスは、兄たちに負けないように努め、次第に難しい作業をまかせてもらう。機械が好きだったため、カルロスは 脱皮樹や自家製の水力発電機の整備を自分でするようになった。
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車のなかった時代、馬車や牛車は重要な輸送手段だった

収穫したコーヒー豆は、2頭だての牛車で運ばれた。農場から30キロ離れたマッシャードの街まで、往復に2日かかった。一度に運べる量は25俵(2500キロ)で、4頭の予備の牛を一緒に連れていった。

牛車の大きな木製の車輪が回るとき、なんとも素敵な音色が奏でられた。丘と樹木に囲まれた空間に、その音は何十メートル先まで響きわたった。丘陵をうね る道を、牛車はゆっくりと進む。車輪の音色を楽しみながら、途中、様々な動物たちと出会う。頭上を飛び交う大型のオオムや鶏ほどの大きさのジャクー。蛇を くわえた小型の鳥セリエマが道を横切り、狐やリスが樹木の間から顔をのぞかせる。猿、野鼠、鹿なども森の住人で、ときおり走り去っていく姿を見かけた。原 始林にはたくさんの樹が生息しており、その中には紫の花を咲かせるジャカランダの樹があった。カルロスは強くて丈夫なこの樹が好きだった。
午後4時頃に仕事が一段落すると、父イザウチーノは皆を率いて近くの池に行く。そこでの水浴びは仕事の疲れを癒し、大地から湧き出た水は、乾いた身体を潤してくれた。カルロスは、大きな山芋の葉で作った即席の器で、湧き水を飲んだ。

夕方、太陽が丘陵の彼方に沈む頃には、乾燥して赤茶色に染まった土がさらに赤みを増す。この時間になると、仔牛を牛舎に戻す仕事があった。4歳上の兄セベーロは仔牛の背中に飛び乗るのが好きで、カルロスも同じように試みる。が、うまくいかず何度も草原に振り落とされた。
カルロスの6歳下の妹コルネイアは幼き頃のカルロスの思い出についてこう語る。「カルロスはとても優しく、いつも私を守ってくれました。セベーロ兄さん は私に意地悪ばかりしていました。そんなとき、私はいつもカルロスの後ろに隠れていました。カルロスはセベーロの前に両手をいっぱいに広げて立ちはだかっ てくれたのです」
こんなエピソードもある。ーある日、近くの街でお祭りがあった。カルロスも兄弟、友人たちとでかけた。カルロスは以前からどうしても食べたいと思ってい た熱帯果実のカランボーラ(スターフルーツ)をそこで見つける。お金を持ち合せていなかったカルロスは、屋台のおじさんがよそを向いている間に素早く一つ だけ取ってそれをポケットに入れてしまう。家に戻っても、「父の教えに反して、悪いことをしてしまった」と良心が痛んだ。ついに耐えきれなくなり、貯金箱 からお金を取り出し、現場へ直行。平静を装って「このカランボーラはいくらですか」と聞き、一つ買った。そして屋台のおじさんが後ろを向いているすきに、 そのカランボーラを戻して、逃げ帰ったのだった。

「偉大な神や自然の前には人間はいかに小さいか」ということを、日々の祈りや子どもたちとの会話の中で、口癖のように言い聞かせる父イザウチーノ。病気 で苦しむ人を慰め励まし、薬や食べ物をさりげなく、気づかれないように届ける優しい母コルネイア。この二人のもとで育ったカルロスは、仕事を通して様々な 生き物や植物に触れながら、自らの原風景を形成していく。その背景には、小川のせせらぎ、流れゆく雲、朝の光など農場全体を取り囲む情景が広がっていた。

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「ジャカランダコーヒー物語」

ブラジルにて「不可能」と言われていたコーヒーの有機栽培を丁寧な土作りと「いのちを大切にしたい」という想いから成し遂げたジャカランダ農場。農場主の故カルロス・フランコさんとジャカランダ農場の軌跡をお伝えします。

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