インタグコーヒーを通して紡がれる人のつながり。その起点に位置するインタグコーヒーの作り手たちの姿を、ウインドファームのエクアドル駐在員、和田彩子さんからのレポートを通してお伝えするシリーズの第3回目。
約2年ぶりのコーヒー生産者インタビューのために訪れたAACRI(インタグの有機コーヒー生産者協会)の生産者、ホセ・クエヴァさんは、他のインタグのコーヒー農家の人々とは一線を画している。彼とのインタビューは、「僕の農園は、吸収型マルチ階層式という農法を用いていて…」といきなり専門用語から始まった。
今までたくさんの生産者と会話を交わし、数回インタビューを行なって来た私だが、ホセさんは、今まで出会った生産者との対話とはまったく違い、私は戸惑ってしまった。私が目を白黒させながら、その単語のスペルを聞き、メモにとっていると、彼は「それはつまり、混合の、とか、多様の、とか、あるいは変化に富んだという意味だよ」笑いながら教えてくれた。
ホセさんは現在34歳。奥さんのソニャさんと1歳8ヶ月の息子のウリアンくんとこの地に住んでいる。彼が住んでいるところは、ガルシア・モレノという、インタグで一番大きく、40以上ものコミュニティーを有する教区だ。インタグの中心地よりも西側に位置する。この教区の中に、鉱山開発問題の渦中のフニン村も含まれる。彼が他の生産者と違うのは、まず、都市部からの移住者ということである。元々首都のキト出身である。それまでキトやグアヤキルというエクアドル第二の都市で生活してきた彼がなぜ、インタグという農村部に住み始めたのかを聞いてみた。
父方の実家は、クエンカという町。ここは大きな観光地だが、郊外にはまだ田舎が残っているという。そこに小さい頃から毎年夏休みに訪れ、自然に親しんできた。長じてからは山登りが好きで、世界中から多くのアルピニストが訪れるエクアドルの6000m級の山々を踏破してきた。そんな彼が大学で専攻したのは、農業だった。自然と触れ合うような仕事がしたいと思ったのだそうだ。専門は、熱帯地の農業、特にコーヒーとカカオ。実際に自分が農業を行なう地を選ぶにあたって、まずエクアドルの全国地図を開いた。山岳地方で、川がたくさんあり、標高が1000mから2000mの間にあるところを探した。そこで目に付いたのがインタグだった。それが1997年のことだ。インタグとは地方名で、地図にはその名前は載っていない。しかも当時は、ほとんどのコミュニティーどころか、教区でさえ、きちんと地図には載っていなかった。
ある休みの日、サイクリングをかねてそこへ行ってみた。そこで彼が目にしたのは雲の上に浮かぶ森林、そしてたくさんの農地。そして初めて行ったインタグで、彼は運命的な出会いを果たした。その日、彼はインタグにおける環境保護活動の先駆者とも言えるカルロス・ソリージャ氏に出会った。そして当時、インタグで大きな問題になっていた、フニンにおける三菱マテリアルの鉱山開発問題と地元の草の根組織DECOIN(インタグの生態系の防御と保全)を知った。カルロス・ソリージャ氏はその団体の創設メンバーだ。彼はそこが自分の探していた場所だと直感した。
彼が購入したのは、ほとんど木の生えていない、砂漠のような土地だったという。しかし「最初から完璧な場所なんてない。あるのは自分の中にだけだ。そこに近づくようにやるだけ」という信念を持ち、土地を購入し、実際に土をいじり始めてから6年たった今では様々な木々が育ち、森のようになっている。最初は土作りから始めた。はじめにしたのは数種類のマメ科の在来植物を植えることだった。冒頭の「吸収型マルチ階層式」は、混合のという意味を含むが、もっと言及すると、植物の成長速度、また高さが違うものを計画的に植えるやり方だ。土地を宙ぶらりんにしないのだ。最初は1年で収穫ができるパイナップルやバナナを植える。その間にパパイヤやコーヒーなど少し時間がかかるもの、そして材木用の木など長い時間がかかるものを植える。材木用の木々も、在来種を選んで植えている。パイナップルやバナナが生え、収穫をしているうちに、パパイヤやコーヒーなどが育つ。
特にバナナの葉などはコーヒーに必要な日陰、また土の肥料になる葉を落としてくれる。そしてパイナップルやバナナが取れなくなる頃に、パパイヤやコーヒーが収穫できるようになり、またその10年後以降に材木用の木が採取できる。このやり方だと、植物の種類も高さもいろいろだ。それによりいろいろな鳥や虫が集まる。朝、昼、夕方と時間をずらして彼の農園を歩くと聞こえる鳥や虫の声が全然違うことに気がつく。この方法だと、農園に多様性を持たせつつ、コーヒーだけでなく、他のフルーツなどの商品作物も計画的に取れるのである。その他、建材に使う竹、バナナ、豆数種類、とうもろこし、ユッカ(キャッサバ)、かぼちゃなど様々な食物が植わっている。
植えてあるコーヒーも様々。カトゥーラ種とティピカ種があり、またカトゥーラ種の中でも、赤い実をつけるものと黄色い実をつけるものが植えてある。「だって、いろいろある方が多様性が豊かになるだろう。」ただ、黄色い実のコーヒーは、味こそ変わらないものの、熟したものと熟していないものの区別がつきにくいので、熟していないものを摘んでしまったり、熟しているものを摘み残してしまったりするので、今年からは植えないようにしようかと思っているそうだ。よく見ると、その周囲は、摘み残したコーヒーが落ちてたくさん発芽していた。コーヒー栽培において大変なことを聞くと、「まったくない」という。ブロッカやその他害虫・病気などの被害はないのか?と聞くと、あるけれど、ここは生態系のバランスが取れているので、大きな被害にはならないという。実際被害にあったコーヒーを見せてくれたが、1本の木に10粒ほどで、被害というほど大きな打撃を受けた印象はなかった。去年は、15俵ほどの収穫があり、インタグコーヒー生産者組合ベスト生産者にも選ばれたほどだ。今年も、去年ほどではないものの、多くの赤と黄の実がたわわに実り、多くの収穫が見込めそうだ。
たわわに実ったコーヒーの実
彼は田舎暮らしを堪能しているように見えるが、不便はないのだろうか?「不便と言えば、映画館とインターネットがないことかな」という。いきなり大都市から、農村部に来て戸惑いはなかったのか?と聞くと、「パチョ・ガンゴテナさんのところに2年ほど暮らしていたので、それほどの戸惑いはなかった」と話す。それを聞いて納得。フランシスコ・ガンゴテナ氏は、エクアドルの有機農業の先駆者的存在。エクアドルの有機農業界の超有名人である。道理でいろいろ知っていると思った!彼は言う「この農村部のすべての習慣になじむことはできないが、何よりもこの静けさと植物たちと山々が見える風景は他に変えられない。」
しかし彼がこのインタグに住んでいる理由はそれだけではない。彼は、「問題の中にちゃんと身を置いてみたかった」と話す。ジャーナリストを父に持つ彼は、学生時代から社会問題に関心を抱いていた。ただ都会で、自然資源が、とか、石油問題が、とか、鉱山開発が、と叫んだところで、結局のところそれがいったいどんな影響を持つのかは肌では感じられない。また実際に自分で有機農業に学びながら取り組んで、生産し、その有機生産品を通じて、社会へメッセージを送りたかったのだ。だからこそ、彼はあえて鉱山開発という大きな問題を抱えたこのインタグに住むことにしたのだ。現在彼は、イギリスやキューバの支援を受けている森林保全プロジェクトや、小水力発電のプロジェクトにも関わっており、おかげで農園にいる時間が少なくなって困っているとこぼしていた。
ホセさんに、インタグコーヒー生産者協会(AACRI)についてどう思うかを聞いてみたところ、笑いながら「かわいい娘のようだ」という。彼は、インタグにおける鉱山開発問題のひとつのオルタナティブとして設立されたAACRIの創設メンバーのひとりなのだ。97年にインタグの鉱山開発問題ことを知り、98年のAACRIの創設に関わった。AACRIはまだまだ組織として抱える問題はたくさんあるものの、10年後を見据えて生産量を増やしていけば、このすばらしい質のコーヒーは必ず市場で生き残っていけると彼は確信する。現在のエクアドルでは、エクアドル産のコーヒーはたくさん売っているものの、インタグコーヒーのように、インタグという一地方だけという純粋なコーヒーは他にはないという。他のコーヒーは様々な産地のものが混ざっているそうだ。このコーヒーとそれを育む自然を守っていくために、鉱山開発をはじめとするありとあらゆる生態系を無視した開発をとめなければならない。彼はそのためにずっと戦っていくと力強く語ってくれた。
最後に、日本の消費者の方々へのメッセージをお願いした。
「車に乗る量を減らしてください。」
ありがとうございました!
インタグコーヒー物語 目次
第1話:インタグコーヒーを育むその風土から・・・
第2話:森の人 カルロス・ソリージャとの出会い
第3話:迫り来る森の危機
第4話:インタグコーヒーの芽生え
第5話:アウキ知事の取り組み
第6話:終わらない鉱山開発
第7話:インタグコーヒーの作り手たち 〜その1 コルネリオさん
第8話:インタグコーヒーの作り手たち〜その2 オルヘル・ルアレスさん
第9話:インタグに移り住む人々 〜その1 アンニャ・ライトさん
第10話:インタグに移り住む人々 〜その2 メアリー=エレン・フューイガーさん
第11話:インタグコーヒーの作り手たち〜その3 ホセ・クエヴァさん
第12話:インタグコーヒーの作り手たち 〜その4 アルフレド・イダルゴさん
第13話:インタグコーヒーの作り手たち 〜その5 アンヘル・ゴメスさん