インタグコーヒーを通して紡がれる人のつながり。その起点に位置するインタグコーヒーの作り手たちの姿を、ウインドファームのエクアドル駐在員、和田彩子さんからのレポートを通してお伝えするシリーズの第4回目。
今回のインタグのコーヒー生産者インタビュー先は、アルフレド・イダルゴさんのお宅。インタグの中心地であり、インタグ・コーヒー生産者組合(AACRI)の事務所があるアプエラから徒歩で30分ほどのところにある。彼の家から車道まではほんの10分ほどだ。インタグとしては非常に立地条件がよいところなのだが、ここには電気が通っていない。またここはコミュニティーには属しておらず(というより、コミュニティーがない)、隣家まで15分ほどである。川がそばにあり、とても気持ちのよいところだ。川では水浴びもできる。
アルフレドさんのご家族は7人家族。お子さんは、5人いるうち3人はもう独立している。アルフレドさんは66歳。とてもそう見えないほどお若く見える。奥さんのエルネスティーナさんは53歳と一回り以上年下だが、夫を尻に敷くかかあ天下のおうちだ。いつもてきぱきと夫にあれして、これしてと指示を出し、その夫はニコニコしながら、素直に妻の言うことを聞く。男尊女卑もあるインタグにしては珍しい光景だと思った。1987年10月24日に結婚したんだと嬉しそうに細かい日付とともに話してくれるアルフレドさんに、「アルフレドさんは奥さんの言うことをちゃんと聞くんだね」と好奇心も手伝ってそんなことを聞くと、「そりゃぁ、妻の言うことを聞いていれば間違いないからね」と。
30年ほど前に買ったというアルフレドさんの農園の面積は、3ヘクタールほど。そのうちコーヒーが植えてあるのは1ヘクタール。4年ほど前に AACRIの会員になり、300本のコーヒーの苗木から始めた。今では1000本のコーヒーの木が植わっている。アルフレドさんは、有機認証プログラムに参加しており(参加しているかどうか聞いたら、アルフレドさんはわからないと言い、そこにエルネスティーナさんが横から、「入っているに決まっているじゃないの」っと言ってきた)、3か月毎にAACRIの技術指導員が来て、細かい指導をしてもらっている。
たとえば生ゴミコンポスト、ビオルと呼ばれる液肥の作り方、葉に染みがついてしまった場合の対処法など、有機農業とはどういうことなのか、少しずつ学んでいったという。AACRIに加入してから、農薬を買う必要もなく(もともとお金がないので買っていなかったが、買う必要があると思い込んでいた)、自分たちのところにあるもので、肥料が作れることを知ることができたことがよかったとアルフレドさんは話す。
印象的だったのが、「有機農業という言葉は聞いたことがあったけれど、よくわからなかった。AACRIの指導を受けているうちに、ただ農薬を使わないことだけじゃなくて、農園にあるものを循環させることが大事だということがわかったんだ」とおっしゃっていたこと。アルフレドさんの農園では、収穫は年に2回。5月と9月に収穫し、年間合計4俵ほど、AACRIに納品している。AACRIの総会やワークショップ、納品などに行くのはもっぱらエルネスティーナさんだそう。
コーヒー豆を干しているところ
アルフレドさんとエルネスティーナさんは、今さつまいもが旬だから、とイモ掘りに連れて行ってくれた。家から30分ほどの距離の、かなり崩れやすい急な斜面にイモが植わっていた。エルネスティーナさんはさっさと靴を脱ぎ、裸足になって、マチェテと呼ばれる山刀でどんどん掘り起こしていく。出てきたイモを私は必死でかごに入れていく。その間アルフレドさんは木の上で休みながら、その辺で採ったグラナディージャというパッションフルーツの一種をちゅぱちゅぱと食べている。かかあ天下だと思ったのは間違いだったのか?と思いつつ、もくもくとイモを拾う。しかし、イモでいっぱいになった死ぬほど重いかご背負うのは、アルフレドさんの仕事だった。
数日間滞在したアルフレドさんのお宅で、コーヒーを何度かごちそうになった。それは純粋なコーヒーではなく、卵のからとソラマメを一緒に煎ったものだった。煎ったそれを挽きながら、エルネスティーナさんは、「こうした方がずっとおいしいのよ。カルシウムもとれるから、栄養満点だし、コーヒー豆だけだと神経が高ぶっちゃうでしょ。」そう言ってこの真っ黒なコーヒーを勧めてくれる。アルフレドさんも、「僕なんか、コーヒー豆だけのコーヒーを飲んじゃうと、手が震えてくるんだ」と言う。飲んでみるが、せっかくのコーヒーの香りが飛んでしまい、焦げたにおいと味しかしない。「おいしい」と言うともっと注いでくれることがわかっているので、注意深く、普通のコーヒーと違う味がするねと微妙なコメントする。
インタグにおけるコーヒー生産は、鉱山開発活動のオルタナティブになる重要な産業だ。しかし、インタグでは他にもさまざまな産業が育ってきている。そのひとつにカブヤ(サイザル麻)の手工芸品が挙げられる。エクアドルの国内市場では、このカブヤで作った袋に入れて、焙煎したインタグのコーヒーが売られている。このインタグには大小合わせて13もの女性グループがある。そのひとつに、「環境と女性のグループ」という、主にカブヤの手工芸品を作っている女性グループがある。このグループでは、インタグに自生しているカブヤを刈り取り、割き、干し、そしてやはりインタグに自生している植物を用いて染め、糸にし、編んでバッグやランチョンマット、ベルト、帽子などを作って販売している。
カブヤ製のコーヒーバッグ
家庭に副収入が入ったことそれ自体も大きな意味があるが、それ以上に女性自身が自分で収入を得ることができるようになったということにさらに重要な意味がある。それまで男性のみが外で働き、現金収入を手にしてきて、女性、つまり妻に自由になるお金はなかった。むしろ、男性が自分の酒代にしてしまって、家庭に必要なものが手に入らないということがしばしばあった。しかしこうしたことを通して、女性たちに自由にするお金ができたことで、家庭で本当に必要な衣類費、医療費、教育費に充てることができるようになった。また、女性たちがミーティングやイベントなどを通して、社会参加をするようになって、それまでずっと男性の後ろに隠れていた女性たちが、自分たちの意見を言えるようになったり、それまで一人で抱えていた問題などをシェアすることができるようになったり、と女性グループの存在は、社会的な意味合いも大きい。
また元々自然のものばかり使っているが、さらに、染色用の植物は取りすぎない、染めた後の水は川に捨てないなどの環境的配慮も怠らない。アルフレドさんの奥さんのエルネスティーナさんはそのメンバーの一人なのだ。そのグループに入ったのは6年前。彼女は、自分の得意なカブヤの染め物を教えてくれた。
私はアルフレドさんと一緒に、森に行き、アチョーテ(ベニノキ)の実を取ってきた。アルフレドさんが木に登り、私が実を拾う。背中に背負うかごがいっぱいになるまで拾ってこいと言われた私たちは、しかしなかなかいっぱいにならないかごに焦りながら、かなり細い枝にまで登り、一生懸命アチョーテを拾った。ちなみにこのアチョーテは、日本でいう食紅のようで、普通は食べ物に色をつけるために使う。またエクアドルのアマゾン地方では、顔に塗ったり、食器に塗ったりして利用している。ここでは、それをカブヤの染色に使うのだ。
拾ってきたアチョーテの中の実を棒でほじくり出して、鍋に出す。中身はさらに少ないので、背負いかごをいっぱいに拾ってきても、鍋いっぱいにはならない。しかしある程度出した後、水を入れ、火にかける。ここで、使う鍋がアルミの鍋か、鉄鍋かで色の出方が変わってくる。エルネスティーナさんはアルミ鍋で煮ると艶やかな色が出るのだそうで、その日はアルミ鍋でやることになった。薪を集め、火をおこし、鍋を乗せ、煮立ったら、カブヤを入れる。しばらくすると、その艶やかなオレンジ色がカブヤに移った。
それを別の人に頼んで、糸に縒ってもらう。カブヤを編むという行為に至るまで、かなりの作業があることを知った。彼女はすでにあった糸玉を使って早業で、ランチョンマットとウェストポーチを作ってくれた。
アルフレドさんとエルネスティーナさんは、こうしてインタグの自然に寄り添って生きている。自然から生活の糧を得ながら、大切に守っているのだ。こうした人々が育てているコーヒーを飲むことは、その自然をそのまま体にいただいていることなのだなと思った。
インタグコーヒー物語 目次
第1話:インタグコーヒーを育むその風土から・・・
第2話:森の人 カルロス・ソリージャとの出会い
第3話:迫り来る森の危機
第4話:インタグコーヒーの芽生え
第5話:アウキ知事の取り組み
第6話:終わらない鉱山開発
第7話:インタグコーヒーの作り手たち 〜その1 コルネリオさん
第8話:インタグコーヒーの作り手たち〜その2 オルヘル・ルアレスさん
第9話:インタグに移り住む人々 〜その1 アンニャ・ライトさん
第10話:インタグに移り住む人々 〜その2 メアリー=エレン・フューイガーさん
第11話:インタグコーヒーの作り手たち〜その3 ホセ・クエヴァさん
第12話:インタグコーヒーの作り手たち 〜その4 アルフレド・イダルゴさん
第13話:インタグコーヒーの作り手たち 〜その5 アンヘル・ゴメスさん