2月7日、高速道路を下関に向かって走った。3、4日前には積雪で通行止めだった高速道路の行く手正面には、雲ひとつない水色の空が広がっている。「今日のこの空の色のように染まったらいいけど」と思わずにいられない。
「エコロジーの風」が下関でガイドヘルパーをされている鍬野さんとわたしを引き寄せてくれた。「バリアフリーの街づくり」を目指して車椅子で活動されている近藤さんと様々な市民活動をされているその仲間達が、のぼりとバンダナを染めて、自分たちの活動をアピールしたいという。自然染料による染色(草木染め)をということで、検討した結果、藍染めをすることになったのである。
鍬野保雄さん・春美さん夫妻と落ち合った後、近藤さんを迎えに行き紹介される。保雄さんが「あんたん事は紹介せんでもいいっちゃ。北九州じゃ有名で、名前は鳴り響いとるもんねえ」というと、「北九州で鳴り響いても、下関で有名にならんとどうしようもないね、ハッハッハッ」と、近藤さんは屈託がない。
藍染めは、港を見下ろす日和山公園にある労働教育センターで行われた。センターにお勤めの真倉さんが手際良く染め場を提供して下さる。藍染めのための染液の作り方、絞り模様の技法などを簡単に説明する。
「私たちの人生の先生です」と鍬野さんに紹介されていた萩尾さんから「いろいろな物をこれまで染められたのでしょう?」と尋ねられた。「はい、私の子どものおしめまで染めました。藍は殺菌効果や、匂いによる防虫効果もあるので。昔は赤ちゃんのおしめは大体藍染めだったそうですよ」と応えた。すると、萩尾さんが「あーあ、だから赤ちゃんのお尻は青いんですねー」と、大まじめに深く頷いたので、みんな大笑い。
早速、藍染めの染液を作る人、バンダナの絞り模様を作る人に誰が指示するでもなく分かれて作業を開始する。会員の長谷さん、広崎さんと娘の沙羅ちゃんと海ちゃんが、輪ゴムや割り箸を使ってせっせと絞っている。こちらでは、「いーち、にいーい、さーん……」と水を量っている。タンクの周りにみんなでしゃがみ込んで、水温を測りながら「もっと、お湯を入れて」とか「熱くなった、水を足して」大変な賑わいなので真倉さんが「まるで、みんなでお風呂に入っているみたいやね」とおっしゃる。
いよいよ、藍染めの開始。1枚目ののぼりが保雄さんの手により染められる。白い布がてらてらと銀色の膜を張った藍液の中に沈められ、布が均一に染まるように静かに揺ったりと繰り広げられる。誰も布の状態を見ることはできない。
時が経つ。引き上げられる。その瞬間、輝くような黄緑色の布が現れる。
「えーっ!黄色だあ」「でも、きれい!」予想していた青とは違う色に驚きの声があがる。と、その声が途絶えぬはしから、布が縹色(藍染めの淡色から濃色までの中間の色)へと変身を始める。空気酸化である。
人間に必要な酸素があたりまえに、そこにあることを色の変化が教えてくれている。しかし、私には布自身のエネルギーで変身しているように思われてしまう。私たちが生活する中で汚し続けている空気が、このように私たちの身体の色まで変化させたら人間はここまで地球の空気を汚さなかったかもしれない。目に見えぬモノへの感受性がもっと鋭ければ…。
手始めの1枚が藍に染められると勢いづいて次々と染められていった。
「この黄緑色のままでもいいのにねえ。きれいだよねえ。でも、こんなこと言っていたら「藍」さんに申し訳ないね」と、春美さんが布を繰りながら藍と語り合っている。
次は染めた布についた余分な藍を水で洗い流す。保雄さんが一生懸命洗っている。春美さんが「もっと、優しく丁寧に扱わなくっちゃ」と横から声かけると「そうね。貴女を扱うように優しくやさしく・・・・こうやって・・・・・」と、大袈裟に布を扱う手先の力をゆるめ、揉む。「もう、仲がいいんだから・・・・・」と内心つぶやく。沙羅ちゃんと海ちゃんは、自分が模様を絞り、染めたバンダナをそれぞれにビニール袋に入れて、他の人が染めたものとごっちゃにならないように大事そうに持っている。一緒にそれらの染めた布を外の干場へ持っていく。
干場は緩やかに下降しながら港へつながっている。下関の街並みが眼下に見渡せる。正面には空がひろがっている。港から吹き上げてくる少し冷たい風がのぼりやバンダナを揺らす。しかし、陽射しは、それをいたわるように優しい。「この風とお日様が今日のこの布たちをきれいな色に仕上げてくれるんだよ」と説明する。
この一連の工程を何度か繰り返すことによって、自分のイメージする色に近づけていく。染めている人、洗っている人、干している人それぞれが打ち合わせもなしに自然に動いて、スムーズな流れになっている。これまでの活動を通して良い関係が築かれてきたことがわかる。
全ての工程を終え、ひと段落。用意して下さったシュークリームや、「たんぽぽ」小規模作業所で知的な障害を持つ人達が作ったクッキーをいただく。ブラジルのジャカランダ農場のコーヒーとともに。
お茶をいただいている食堂の窓際に行くと干場が見える。空の色をバックにしてさまざまな「青」が風に揺れている。
一つひとつ個性をもった「青」が、母のように懐の深い「空」の中で産声をあげていた。
(本誌 さくら)