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有機コーヒーのフェアトレード、その可能性

人間らしい付き合い、人と自然とが豊かな関係
それを取り戻すための手がかりに

ウインドファーム代表 中村隆市インタビュー

 前例もなく、経験もないまま始めた有機無農薬コーヒーの産直活動。ブラジルのジャカランダ農場主、カルロスとの出逢い。「この人と一緒に仕事ができるだけで、何故だかうれしい」そのとき抱いた想いが、すべての始まりだった。
 1つの出逢いから広がる夢。それは、人と大地の確かなつながりが生みだす物語。時の流れのなかで、描いたイメージは少しずつ形になり、その場所に新たに人が集う。2000年、4月には、有機コーヒー・フェアトレード国際会議がジャカランダ農場があるブラジル、マッシャード市で開催される。さらに広がる有機無農薬コーヒーのつながり。ここに至るまでの歩みと、今後の展望について、(株)ウインドファームの中村隆市代表に聞いてみた。
―ジャカランダ農場との産直活動が始まってから6年経ちますが、その後、新たな展開は?
 1997年に発刊された「ジャカランダコーヒー物語」の中に「できれば、地域全体を無農薬にしてエコロジーの里を作りたい」というカルロスさんの夢が語られていますが、その夢が少しずつ実を結び、形になりつつあります。ジャカランダ農場の周辺に有機栽培に取り組む人たちが増え、昨年、ブラジル有機コーヒー生産者協会が設立されました。カルロスさんは会長就任を要請されましたが、「若い人に任せたい」と、有機コーヒー生産者で甥のイヴァン・フランコ(マッシャード農業大学教授)が会長になっています。
―有機コーヒーのフェアトレードという仕事に取り組み始めた当初、このような広がりを予想していましたか?
 この仕事に取り組む以前は、生協で有機農産物の担当を7年間やっていましたし、その前は農村に住み込んで「有機農業(百姓)見習い」みたいなことをやっていました。合計すると20年、有機農業に関わっている訳ですが、有機コーヒーの外国との産直については、他に前例がありませんでしたから、どのように展開していくか、想像もできませんでした。しかし、ジャカランダ農場のカルロスさんと出逢って、「この人と一緒に仕事ができるだけで、何故だかうれしい」という気持ちになり、カルロスさんとなら有機コーヒー産直のモデルケースができるのではないか、という確信に近いものがありました。カルロスさんと対話しながらの共同作業のなかで、自分が理想とするコーヒーの産直活動を少しずつ形にしていくことができました。
―理想とする産直とは、どのようなことですか?
 モノの産直ではなく、人のつながりを大切にした産直です。
―モノの産直とは?
 例えば、大手商社などは、この5〜6年有機コーヒーの市場に注目するようになって、我々が提携している農場にも有機コーヒーの買い付けにやって来るようになりました。
 彼らの多くは人(生産者)と付き合うのでなく、「売れ筋商品」としての有機コーヒーと付き合います。なぜ生産者が有機農業に取り組みだしたのか、どんな気持ちで取り組んでいるのか、といったことには関心がありません。彼らの多くは、一方で有機コーヒーを販売しながら、一方で農薬を販売しています。あるいは遺伝子組み換え作物を販売します。利幅の大きいモノをより安く買い付けることが最も重要なことですから、「先進国」と「途上国」との経済格差も気にしませんし、農場で働くスタッフやその家族の生活などには全く関心がありません。そんなことを気にしていては、商社マンとしては落ちこぼれるのでしょう。
 カルロスさんをはじめとするジャカランダ農場のスタッフとやってきたことは、ちょうどその対極にあるものです。人との付き合いが先にあり、モノは結果的についてきます。
―コーヒーの買い入れ価格を決めるときに気をつけていることは?
 「価格交渉」というのは、通常「高く売ろう」「安く買おう」とするものですが、私たちの場合そうではありません。例えば、国際相場や生産量が大きく変動する中で、有機コーヒーの買い入れ価格を決めるときに、カルロスさんは私によくこう言います。「高い価格をつけて、中村さんが困ることは、私たちにとっては、それ以上にもっと困ることです。高くしすぎないで下さい」と。その時に私も「カルロスさんが困ることは、私たちが困ることです。この価格で農場の運営に支障はありませんか」といったやりとりで決まっていきます。
―ジャカランダ農場は、中村さんにとって、どのような場所ですか?
おじいちゃんたちにプレゼントされたキーボードをひくシージネイ
おじいちゃんたちにプレゼントされたキーボードをひくシージネイ
 第2の故郷といった感じですね。私は今、農場スタッフの子どもたちが時々送ってくれる作文を読んだり、少年だったアイルトンが農場の中心メンバーに育ち、毎月送ってくる有機コーヒー栽培レポートを読むのが楽しみです。(昨秋来日して日本の消費者、生産者と交流し、ひとまわり大きく成長しました。)
 ウインドファーム・ブラジル事務所スタッフは、ほぼ毎月農場を訪問しますが、私が年に1〜2度、農場を訪問するときはコーヒーを見ること以上にスタッフやその家族と顔を会わせることを大切にしています。今回の訪問では、交通事故で片腕を失ったマルコスが、多くの人の協力で手にした義手を大切にしている話や、16才のウエリントンと18才のシーレイが、産直基金とカルロスさんの援助による奨学金を活用して農業専門学校を目指している話、そして、音楽好きなおじいちゃん3人がお金を出し合って子どもや青年たちのためにキーボードをプレゼントした話などを聞きました。来年春のスタディツアーや国際会議に参加する人たちには、子どもたちが、おじいちゃんたちと一緒に、そのキーボードを使って演奏してくれることでしょう。
―ジャカランダ農場は現在、有機無農薬コーヒー栽培の草分け的な存在になりつつありますね。
 ジャカランダ農場はブラジルでは中規模の農場ですが、「ミナスコーヒー」のように、ラゴア村の小農民が作った無農薬コーヒーとブレンドして、味の面と量の面でサポートしています。今後はエクアドルやコロンビア、メキシコの小農民のコーヒーもサポートすることになるでしょう。提携先もなく、経済力もない小農民団体にとって、有機栽培を始めても品質面や量的な面で提携先を見つけられない団体が沢山ありますが、ジャカランダ農場のように品質に定評があり、生産量も安定していて、さらに小農民に対して無償で技術指導をしてくれるような農場は、ほとんどありません。その小農民団体が将来、販売面で競合相手になる可能性があるため、「企業秘密」である栽培技術を教えたくないのが普通なのです。ジャカランダ農場は、今や農民にとってだけではなく、農業専門学校や大学の教員にとっても、農学校の役割を果たしています。
 農場スタッフのアイルトンが通っていたマッシャード農業専門学校では、今年から有機栽培コースをスタートさせました。3年前まで、農薬、化学肥料を前提とした近代農業一辺倒の教え方をしていた農学校が大きく変わりました。
―2000年4月にブラジルで有機コーヒー国際会議を企画されていますね。
 有機コーヒーのフェアトレードを始めて13年目に入りましたが、これまでに出会った多くの中南米の仲間たちに一同に会してもらおうと思っています。私たち皆に希望を与えてくれているジャカランダ農場に皆で集まって見学し、日本とブラジル、できれば欧米の消費者にも参加してもらって有機農業やフェアトレード、環境保護についても学びあいたいと思っています。
―参加者の顔触れは?
 会議参加者はエクアドルからは、有機コーヒー生産者協会の役員でもあり、環境保護団体DECOINの中心メンバーでもあるカルロス・ソリージャとホセ・クエバ、そして、彼らを応援している先住民(ケチュア族)初の市長であるアウキ・チトゥアニャ。コロンビアからは、小農民に有機コーヒー栽培を指導している国際有機農業センターのラモン・ズルアガ所長と、有機農業、環境保護に熱心なリサラルダ州のカルロス・アルトゥーロ・ロペス州知事。メキシコからは、生物多様性のある有機コーヒー栽培が環境保護に貢献していることを研究している生物学者のパトリシア・モグエル。それにブラジルのジャカランダ農場のメンバーをはじめとする各地の有機コーヒー生産者、小農民団体、南米各地で有機農業の指導にあたっている宮坂四郎博士、家族農業研究者のデヴィッド・フランシス教授、遺伝子組み替え問題に取り組むIDEC(消費者団体)会長マリレネ・ラザリニとセバスチオン・ピニェイロ教授などと地元の一般参加者である消費者や学生が多数参加する予定です。学生の多くはボランティアで会議を支えてくれます。
―中村さんはフェアトレードについて、どのような意味を感じていますか。
 現代社会において、一般の人々が食べたり飲んだり着たりするもの、特に「途上国」からの輸入品の多くは、生産に携わる労働者の低賃金や農薬による健康被害、あるいは児童労働、環境汚染、森林破壊などの犠牲の上に生産されていますが、有機農業をベースとしたフェアトレードは、それらの問題を解決するための有効な手段だと思います。国籍や人種、世代を超えて、人と人とが人間らしく付き合い、人と自然とが豊かな関係を取り戻すための手がかりになるのではないか、という気がしています。
―コーヒーのフェアトレードを通して、具体的にどんなネットワークができていますか?
エクアドル・タンバコ農場のナマケモノ
エクアドル・タンバコ農場のナマケモノ
 ナマケモノ倶楽部という団体を作りました。今年2月にエクアドルに一緒に行った明治学院大学の学生や卒業生などが中心となって作った環境保護団体で、文化人類学者の辻信一さんとエクアドルに住むアニャ・ライトさん、それと私が世話人となっています。
 中南米の熱帯雨林に生息するナマケモノという動物は、何世紀にもわたって「怠惰」「鈍感」「低能」と呼ばれ、さげすまれてきたんですが、実は近年いろんな事実が分かってきて、彼らのエコロジカルな生き方に学び、私たちの生き方を考え直そうという会なんです。
 ナマケモノは木の葉を食べて生きています。普段は地上10mから30mの高みで木の枝にぶら下がって過ごしていますが、糞をするときは木の根元に下りて浅い穴を掘り、用を足した後は枯れ葉でそれを覆います。葉を食べて得た栄養価の半分を土に返すことで、自分のいのちを支える木を逆に支え、育てています。私は、これは有機農業だと思います。
 ナマケモノの生き方というのは、今の人類の「より早く、より大きく、より強く」という文化ではなく、のんびりゆっくり、低エネ、リサイクル、共生、非暴力、平和の文化だと思うんです。
 「より早く、より大きく、より強く」という経済のグローバル化が進行する中で、「発展途上国」や「後世代」は、生存基盤を奪い取られています。
 また近代農業においては、さまざまな個性、役割を持った生物を「害虫」「病原菌」「雑草」と見なして農薬で殺したり、遺伝子を組み換えたりします。
そんな近代農業的な文化から、調和を大切にする共生の文化へと移行することが必要だと思います。
―共生の文化とは、どのような文化ですか?
 「害虫」「病原菌」「雑草」なども「敵」と決めつけず、それらの役割にも目を向け、奥深い自然の調和を大切にする有機農業的な文化のことです。
 大手商社や多国籍企業が世界中で展開しているような自然を破壊し奪いあう文化ではなく、自然を大切にし、そこから得られる恵みを分け合うフェアトレード的な文化です。
 それは今の日本の学校教育も変えることになるはずです。産業社会が求める画一的な価値観に基づいて、さまざまな個性を持った人間をまるでモノをあつかうようにベルトコンベアに乗せ、「優秀な人間」と「落ちこぼれ」とに選別するような「教育」から、こころを持った人間の多様な個性を尊重し、人間が本来持っている「学ぶ喜び」や多様ないのちと共に生きることの豊かさ、楽しさを奪い取らないものになるでしょう。
―ナマケモノ倶楽部は、具体的にどのような活動をするのですか?
 まず、エクアドルのエスメラルダス州に「ナマケモノ保護区」をつくる予定です。ナマケモノを守ることは、今ある森を救い、失われた森を再生することでもあります。そのための資金を作るために、ナマケモノ・コーヒーというのをつくります。エクアドルから輸入するインタグコーヒーとジャカランダコーヒーをブレンドしたものです。会員には生物学者もいます。学問と市民運動とエコビジネスが一体となったものが、ナマケモノ倶楽部です。

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