巣がメチャクチャなのは、メチャクチャでも引っかかるくらいに虫が多いということなのでしょうか、それとも他の生物に壊されてしまうので整然と張る暇がないのでしょうか?攻撃的なのは生存競争が激しいからでしょうか?ウジャウジャと多いのは、餌になる虫が多いからでしょうが、虫が多いということは、小鳥も多いということで、小鳥が多いということは・・・つまり、多様な生物が闘いながら共生しているということなのでしょう。
「農薬を使わないのは、このクモを守るためです」とカルロスさんはサラリとおっしゃいます。「持続可能な農業抜きには、人類を含めた生物の未来は考えられないこと」、「持続可能な農業は、"生物の多様性"の維持でしか、なし得ないこと」、そして「生物の多様性の維持は、農薬と化学肥料に依存した農業では実現できないこと」を、「クモを守るため・・・」と一言で表現したのでしょう。有機無農薬のコーヒー栽培をブラジルの地に根付かすために、何十年も苦労してきたカルロスさんにして初めて言えることなのでしょう。
クモ以外にも生物の多様性は至るところで感じ取れます。コーヒーの木のそばには、豆の木やバナナ、その他の植物が混在しています。一見邪魔そうな大木も切らないで残されています。例えば豆科の植物は、空気中の窒素を取り込んで土中に固定化するといったように、それぞれの植物が役割を発揮して、化学肥料を不要にしています。
地面から30センチくらい下の土も、握り締めると半分の大きさになるくらいにフワフワで、この柔らかさは感動的です。土中の微生物が豊富な証拠です。表層の腐葉土の養分は雨と一緒に土中に沁みこみ、その養分を微生物が分解して・・・目には見えない微生物が、"生物の多様性"あるいは"共生"の決め手です。微生物が一杯の柔らかい土の感触を楽しみながら、カルロスさんのジャカランダ農場が、いつまでも"クモの楽園"であり続けてほしいと、祈りたい気持ちになりました。
農薬と化学肥料を多用して栽培した方が安いコストで生産できるからです(カルロスさんのジャカランダ農場で、総出で雑草刈に汗を流している姿を見て、除草剤の"効能"を実感しました)。そして、見かけは同じコーヒーが、片方は安く、片方は高い。"市場原理"が働いて、安い方が買われる・・・というのは(誰でも知っている)簡単な理屈です。
有機無農薬コーヒーは、消費者にとって高品質(安全で栄養価も高く味も良い)ですから、少々高くても売れる・・・という面はあるかも知れませんが、品質の差に"市場"がつけてくれる価格差が、コストの差をカバーしてくれるかどうかは保証の限りではありません(日本やアメリカでは、オーガニックがブームです。"売れる"と見た大商社が、オーガニックを買い漁りますから、"瞬間風速"では採算が合うでしょうが、"売れない"と見たら、すぐに手をひくでしょうから、これは大変に危険な"賭け"になります)。
ましてや、農業の"持続可能性"に"市場"が価格差をつけてくれることは望めません。農業は、"イチかバチか"ではできませんから、結局、市場原理の世界では、有機無農薬栽培は実現が困難です。
それを実現する方策は、いろいろ考えられます。例えば法律による農薬と化学肥料の使用規制(現状では非現実的)。有機農業への公的助成(やや現実的)。そして、なかでも現実的なアイディアが"フェア・トレード"なのです。
安全を含む"高品質"と、生産の"持続性"を願う消費者と生産者とが直結し、そのつながりのなかでは適正な価格(農業の"持続"を可能にする価格)と継続的購入が約束されます。実際には生産者と消費者の間に"仲介者"が介在する場合が多いでしょうが、"仲介者"は、生産の持続性と消費者の安全性を最優先させ、生産・流通の"透明性"を守ります。金儲けを最優先させる商社が、わけの分からない物を安く(時には高く)売るのとは、好対照です。
このフェア・トレードの好例を、カルロスさんと中村隆市さんの関係に見出すことができます。中村さんが経営するウインドファーム社は、カルロスさんのジャカランダ農場から、適切な価格で、一定量を継続的に輸入します。決して買い叩いたり、他の農場に浮気したりしません。カルロスさんも、大商社の高値のオファーに浮気したりしません。また、中村さんを通してコーヒーを購入する日本の多くの消費者も、カルロスさんの"安全で高品質"なコーヒーのファンであると同時にカルロスさんファンでもありますから、他のコーヒーに浮気しません(私も浮気しない一人です)。
中村さんは、ジャカランダ農場での出来事などを頻繁にレポートして、生産者と消費者の"ぬくもり"のある関係を維持しようと、いつも心を配っています。ブラジルで大きな評価を得ているカルロスさんの偉業は、実は、中村さんと日本の消費者に支えられたものでした。
途上国の援助の一環・・・ではありませんでした。フェア・トレードは、持続可能な農業を可能にする現実的なアイディアでした。安全な農産物を確保する現実的なアイディアでもありました。そして、生産者と消費者とが手を携えていく"ぬくもり"のあるアイディアでもありました(ウン、ブラジルに来た甲斐が有ったぞ!)。