今、私はイェール大学で生物学を学んでいます。活動よりむしろ文献に埋もれる毎日です。でも、それは、自然の中へ出かけていくためなのです。私は今のこの努力を、生物多様性の保護のために生かしたいのです。科学的専門知識をもって、より持続可能な生活を提言していきたいのです。
この夏とうとう、かつて訪れたアマゾンの美しいシング渓谷の支流にある研究所でフィールドワークをすることになりました。9歳の時に、私に大いなるインスピレーションを与えてくれたあの熱帯雨林に戻れるのです。私の人生はいつでも素晴らしいブラジルの熱帯雨林と何かしらつながっているように思います。
今では私は、アマゾンが抱える難問が地球サミットでスピーチをすれば解決するような簡単なものではない、ということがわかっています。私は21歳になり、私たちが取り組まなくてはならない問題の複雑さを理解し始めています。
私はアマゾンが破壊され続けることに怒りを覚えていました。でも、そのころは、そのような火事の原因となる、広範な貧困の存在や経済的な現実を知りませんでした。
今年は2001年、そして私は昨年21歳になりました。私は大学生で、プロとしてのキャリアや、それがどういう意味をもつかについて考え始めています。私がどのように生きていきたいのかについて。私は自分の目標というものを定めようと努力していますが、その過程で、私は、21歳の人間にとってこの世界は12歳の頃と同じように単純ではないのだ、ということに気づかされました。
オスカーは私に「変革を起こす技術」について話して欲しいと頼みました。「変革を起こす技術」とは何でしょう?どうすれば、物事を可能にしていけるのでしょう?
まず、価値の基準を設定してましょう。きょう、あなたたちは、あなたたちの組織の目的について議論してきました。今度は、わたしたち一人一人の目的についてみてみましょう。
私たちは複雑な存在です。いろんなレベルのアイデンティティを持っています。
1.人類です。私たちは生物的被造物です。動物です。
2. 親であり、子です。関係の中で生きている人間であり、コミュニティのメンバーです。
3. 職業人として、資本主義経済のなかで事業をしている人です。
ではまず、最初のレベルから始めましょう。私たちは人間という動物です。
12歳の頃、私は人間は生きていくために他の動物を必要としているのだと思っていました。でも、いまは動物たちは生物の多様性のために必要なのだと思っています。これはどういうことだと思いますか?
まず、私は大学で、この世界は大変複雑な場所であると学んできました。世界は複合的に入り組んでいて、学ぶべきものが本当にたくさんあります。それぞれの問題にはたくさんの側面があります。私は生態学と進化論的生物学の分野を研究しています。それは私に、自然が完全に把握するのは決して不可能なくらい複雑であることを教えてくれますが、一方で、そこにはなんらかの基本となるものがあることも否定できない、ということを私は学んでいます。
私が学んでいることについて少しお話ししたいと思っています。というのはこれらのおかげで私は自分の価値基準というものを見出し、そのおかげで私は様々な物事をやり遂げてこれたからです。
私たちの第一のアイデンティティ、私たちが人類であるということですが、もっとも驚くべき事は、相変わらず私たちは動物だということです!
私たちの社会は「人」としての側面にばかり光をあててきました。私たちは「人間を動物として考える」という場合に、ある特殊な意味がこめられることに気づいています。誰かを動物(豚、鶏、蛇)と呼ぶことは侮辱になるのです。大変幼いときから、私たちは他の生き物とは違う、私たちはよりすぐれているのだ、と教えられます。
これは大変危険な事です。なぜなら、このような教えは、私たちだって他のすべての動物同様自然界に依存して生きているのだという現実を、私たちの目から覆い隠してしまうからです。
人間はその生物学的なアイデンティティから引き離され、その優越思想のせいで、生物としての危機に直面しても、「何もできない」という誤った感覚を抱いてしまうのです。
私は研究を通して、私たちが一体どこからきたのか少しずつと学んでいます。何かをきっかけにして、私たちは他の動物と決定的に「違う」存在になったのです。
私の父がよくするお話をさせてください。科学の力でタイムマシンが作られたと思ってください。
地球は46億年前にできました。40億年前に行ってみましょう。生命が誕生する前です。もし、タイムマシンから出て地上に降り立ったら、私たちは2分と生きていられないでしょう。息ができないからです。地球ができて最初の数十億年の間、大気は私たちにとっては有毒なガスでできていました。
しかし、38億年前、この空気も水もない環境の中で、生命は誕生したのです。最初の生命は顕微鏡でないと見えないようなバクテリアでした。
そしてやがて、10億年かそこらののち、驚くべき能力をもった生物が現れました。かれらは酸素を作り出せたのです。この生物、シアノバクテリアは世界の大気を変えました! このバクテリアが酸素で世界の大気を「汚染」したので、やがて二酸化炭素しか呼吸できない生物は絶滅しました。彼らのおかげで私たちになくてはならない、この大気ができたのです。他の生物が、私たちの呼吸するこの大気を作り出したのです。
さて、私たちが酸素ボンベを持っているとしましょう。私たちはノドが乾くまでは大丈夫なはずです。でも40億年前には私たちが飲める水はありませんでした。
水があったとしても、私たちが飲むのには適していませんでした。生物がこの水を飲めるようにするフィルターの役目をしてくれたのです。他の生命がなければ私たちは水を飲むことさえできなかったのです。
では、私たちがタイムマシンに水を持ち込んでいたとしましょう。やがておなかがすくでしょう。でも食べ物はないのです。生物が存在する前には食べ物はなかったのです。私たちが食べているものはすべて、かつては生きていたものです。私の父は、私たちは歩くコンポストだとよく言っています!
では、食べ物を得るために野菜の種を植えてはどうでしょうか?種を植えることはできません。なぜなら地球上には土がなかったからです。土は生物によって作り出されました。他の生命が、私たちが食べ物を育てるのに必要な土壌を作り出してくれたのです。
私たちが小さなタイムマシンの外にいるとき、寒くなったらどうしますか?火をおこしたくてもできません。生命誕生の前には、燃えるものがなにもないのです。私たちがエネルギーとして使っているすべてのもの、木材、ガス、化石燃料、空気、これらはすべて生物から、何億年もの時間をかけてできたものです。
つまり、重要なことは、私たちが生きていくのに必要なもの、空気、水、土、エネルギー、これらは地球の生命の多様性が作り出した、ということなのです。私たちに必要な資源を補充してくれる他の生き物がいなくなれば、私たちは生きていくことはできません。私たちが持っている全ての技術をもってしても、自然界の多様性がなくなれば私たちは生きていけなくなるのです。
私たちは私たちが自然界に依存していることを認識しなくてはなりません。そして、それを認識できれば、私たちはいくつかの根本的な価値、大事なことに気づくでしょう。すなわち、私たちは惑星地球の上で生きている生き物であること。そして、私たちが生きていくためには地球が必要だということ。
それらは、決して否定することができない真実なのです。
私たちにとって根本的に大事なものが何であるかはっきりしました。
では、変革を可能にするための第二段階・・・それは、見いだすことです。
私たちの生活の中で、私たちにとって本当に大事なものについて矛盾が生じてしまうのはどんな場面でしょう?また、どのような矛盾でしょうか?
これは難しい問題です。
私は1992年のリオ会議で、大人たちにその問題に取り組むよう求めました。
今私は大学生です。そして、世界中のだれもが、生育環境によって植え付けられた先入観をもっていること、時には学んだことからも先入観を植え付けられることを理解しています。私たちはそれぞれ、違う視点で世界を見るように訓練されるのです。これはどうしようもありません。私自身の人格も生物学科で学ぶことを通して、今、形成されている途中なのです。
でも私はまだ職業に就いていない分、未形成といえます。また自分で生計を立てる心配もいりません。それこそが92年のリオで私が享受していた自由です。私は暮らしの心配をしなくてよかった、どうやって食べていこうという心配で世界が暗く見えるなんてことはなかった。私は世界に対して、妥協する必要はなく、私の世界観は、思った通りのストレートなものだったのです。
今は学んだことや経験してきたことから切り離して物事を見るのは簡単ではありません。ものごとを客観的に観ることはなかなか難しいのです。私たちは世界を汚れたレンズを通して見ています。
さて、私たちの生活と私たちの価値観との間に軋轢が生じするのはどんな場面でしょうか。どうすればそれに気づくでしょう。
私たちが学生、大人、科学者、ビジネスマンとして形作ってきたものの見方を問い直すためには、私たちはシンプルであるということはどのような状態なのか、思い出さなくてはなりません。子どものようになるにはどうしたらよいかを。
私たちは立ち止まり、私たちにとって本当に大事なものはなにか、思いめぐらしてみなければなりません。
私の母はかつて私に、子どもは天地万物により近い、と言ったことがあります。子どもたちはどろんこ水たまりやおたまじゃくしや花や毛虫なんかを見ると手をのばさずにはいられません。自然が大好きです。大人が「虫や花は君たちの兄弟姉妹なんだよ」と言うのを一番よく理解するのは子どもたちでしょう。子どもたちはまだ自然の一部なのです。
私は時々、人は複雑な仕事や生活において決定を下す立場になると、本当に大事な事を忘れてしまう、と思うことがあります。
私たちにとって本当に大事な価値観を再度見いだす秘訣は、自分たちが子どもだった頃、どうだったかを思い出すことです。すべての虫や鳥、チョウチョを捕まえたことや池で蛙を探したことを思い出してください。草の中で遊んだことや木登りしたことを。それらがあなたにとってどんなに大事だったか、それらがない世界なんて、子どものあなたには想像もつかなかったということを。
私たちは、心の底では何が大事か、どんな原則に従って生きるのが正しいのか分かっていると思います。でもそれは簡単に忘れられてしまうのです。
あなたがもし、自分が子どもの時一体なにが一番大事だったか思い出せないなら、あなた自身の子どもたちにとって何が大事か、考えてみてください。あなたは自分の子どもたちのために何を残してあげたいですか?彼らの未来のために?
そのように考えてみれば、私たちは私たちの生活の中のどんな行為が私たち自身の価値観との間に軋轢を生じているのか、見いだすことが出来るかもしれません。親として、あなたたちは未来に目を向けないといけないのです。自分たちの行為がどのような結果をもたらすのかに対して。
このような見直しを通して、わたしはコミュニティの一員としての私たちの役割というものを考えるようになりました。ここブラジルは、ほとんどの国と同様、コミュニティの中に多くの問題があります。貧困と失業という問題です。
私たちは自然に依存する動物であるという事をお話ししました。では次のレベル、人間としてのアイデンティティの問題です。これは私たちが共同体の一員であるという事です。私たちは私たちの文化を擁護し、子どもたちを育んでいかなくてはいけません。私たちは単に生物学的存在であるだけではなく、社会的存在です。自分たちの共同体、社会、文化を必要としているのです。そして自分たちの共同体に貢献しなければなりません。有用な存在でなければならない、「必要とされる」必要が私たちにはあるのです。
今日、あなた方は組織の目的について話し合って来ました。つまり、あなた達のビジョンについてです。アマナ・キーグループの精神から言って、いわゆる経済的成功よりも高いレベルの目標を掲げることが必要とされています。私たちは他の人々、私たちのコミュニティ、未来の世代、そして世界に貢献しなければなりません。
先ほど私はここ数年間、他の素晴らしい人々とチームを組んで国連の「地球憲章」についてふれました。地球憲章は1992年のリオ会議から生まれたものです。私がこの憲章についてふれたのは、その話をすることで論点が明確になるからです。この憲章についてお話しすることによって、私たちの国際的な目的がはっきりしてくるでしょう。
このプロジェクトに携わる30人あまりの委員には、地域のリーダーから先住民、先の大統領まで、世界の各層の人々が集まっています。草案作成のために委員会が招集されました。地球や他の人々に影響を及ぼすような行為に対して、私たちの倫理、価値観に従った形で行動するよう規範を示すガイドラインとなることを目指しています。来年、国連で採択のための投票が行われます。この憲章が、私たちの生活において、私たちの一番守るべき大事なものと矛盾しているものはなんなのか、私たちが今していることで、私たちの未来をダメにするようなものが何かについて、はっきりと見定める助けとなるガイドラインになればいいと思っています。
そして最後に私たちは行動しなければなりません。一旦、私たちが、何を一番大事にすべきなのかを見定め、また私たちの生活とその大事にすべきものとの間に生じている矛盾に気づいたなら、行動すべきです。父は今でも言います「君の言葉によってではなく、君の行為によって君がどんな人間かわかる。」さあ、いまや事を起こす時です。
アクションのいい例がエコ・プレッジ(環境誓約)です。合衆国の何人かの大学生がこれを始めました。学生たちは生態系に対して特に悪いことをし続けていたり、環境に悪い方針をとっている会社のリストを作り、「これらの会社では働きません。」という誓約書に対する署名を集め始めました。今日、16万人を越える学生がエコ・プレッジに署名しました。私はイェール大学でこの活動を知りました。私のルームメイトのマーギーが他の学生たちと一緒にこのキャンペーンに一生懸命取り組んでいたからです。
これは力強いメッセージです。企業とその企業の労働者に対して、自分たち(彼らの多くは企業として是非雇いたいような人材です)は、その企業の道徳規準を受け入れられないと言っているのです。彼らはより高い価値観をもった、持続可能な活動をしている会社で働く、と宣言することによって、学生たちは企業にその価値基準を見直し、変革するよう迫っているのです。
今日の午前中のセッションで、私たちは明確な目的意識を持った才能ある人々を引きつけるような高い目標を掲げるにはどうしたらいいのかを議論しました。これらの学生たちは自分たちの選択、自分たちの価値について宣言したのです。
多くの企業では、内部から変わっていこうとする努力もなされています。フォードの新しい会長は、持続可能な活動のリーダーたるべく、会社の内部で起こしている変革について話しています!かれは、自分の環境保護活動家としての価値観が、フォードの自動車会社としての伝統的な企業活動とぶつかることが多かったので、企業慣行の方を変える努力をしようと決意したとのべています。彼の姿勢は前向きで素晴らしいものです。昨年のセレスの総会において、かれは「私たちは社会に対して積極的、かつ大きな影響を与えるチャンスを持っている。この機会を逃すことは出来ない」とスピーチしました。ガス・電気ハイブリッド乗用車の開発や環境保護活動への支援を、自ら音頭をとって行ってきたトヨタの会長の例を見習うなら、フォードの会長も、上手くやっていってくれるでしょう(トヨタは私たちにも助成金をくれています・・)。
フォード同様、BP(ブリティッシュ石油)も今日あなた達がここでしてきたことに取り組んでいます。BPは自分たちの価値観の見直しをおこない、いまやそのスローガンは「BP・石油を越えて」です。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を表明しているのです。
企業が、世界をよい方向へと変えていけるようなより高い目標を設定し、それにそって自分たちの方針を立て直そうとしている例はたくさんあります。これは正しい方向への大きな一歩です。これらの企業が、そのような目標に忠実であり続けるよう願っています。
私は今日なぜここへ来たのでしょう。私は大昔のスピーチのおかげでここへ招かれたのです!
私自身は、私がここに立っていること、9年前に私がしたことをお話しできるのは素晴らしい事だと思っています。
昨晩、フリチョフ・カプラ氏に会いました。Capra氏はこのビデオをセミナーで全部見せたと言いました。また、私はモトヤマ氏がアマナ・キーグループでもこのビデオを見せたことを知っています。なぜこのビデオはそんなに力があるのでしょうか?このビデオの内容はシンプルなものですが、そこになにか共鳴するものがあるのです。今日、ここでお話しするために乗ったサン・パウロ行き飛行機の中でそれがなにか考えていたのですが、私は、ある人がその人の中にあるもっとも根本的な原則に従って行動するとき、その人はとても強くなるのではないかと思います。それは、ほとんど無敵の強さです。
あなたが信じることを行うとき、そこに何の疑いも持たず、またあなたが信じることと行っていることとの間に矛盾がないなら、そこに力が生じます。私たちは自分の本当の根本的な価値観を見いださなくてはなりません。なぜなら一旦、私たちがそのような価値観にもとづいて活動を始めたなら、私たちを止められるものは何もないのです。こんにち、あなたたちがここでしていることは、きっと世界をよりよいものとするのに役立つことでしょう。
この会議は新しい始まりです。2001年という年、いまや新しいリーダーたちが現れる時です。私たちは、私たちが暮らしてきたやり方は何か間違っていたということに気づいています。
私が生まれたカナダは、ブラジルと多くの点で似ています。大きな国ですが、人口は都市に集中しています。広大な森林を保有していますが、急激に破壊されています。そしてほとんどの人々にとって、健康問題と環境保護が切実な問題になってきています。私たちがいつも新鮮で美しい空気を自慢にしてきた広大な北カナダで、大気汚染問題が発覚しつつあります。さらに、その大気汚染を原因とする病気の死者が増加しつつあるのです。サン・パウロにも同様に大気汚染と水の汚染問題があることを私は知っています。そしてこれが都市というものの健康状態をよく表しています。
私たちは目の前に横たわる問題と目の前にあるチャンスの両方を見なければなりません。
私たちは、私たちにとって一番大事なものは何なのかを覚えておき、そして何度も確認しなければなりません。私たちの生活の中で、どこでその価値観と現実の生活がぶつかるのかを認識し、態度を決めなければいけません。
これは面白いチャンスです。あなたたちには世界の新しい基準を決める機会があたえられているのです。先例を作るのです。世界をリードしていく可能性に気づいてください。
あなたたちにふたつ、宿題を出したいと思います。今週一杯考えて、あなた達がここを去るときには一緒に持ってかえって下さい。最初のものは、あなたが社会から与えられている価値観を転換することです。あなたが人生の中で培ってきた専門知識と力を持ってではなく、澄んだ子どもの目で世界を見るよう努力してください。
二番目の宿題はこの新しいミレニアムのリーダーを求める声に答えて立ち上がって欲しいということです。もしこの部屋にいる全員が家に帰って、あなたたちの最高の信念を実行に移し始めたなら、ブラジルと世界は全く違った、よりよい場所になるでしょう。多くの人々はブラジルや世界を救いようがないと思っています。あなたたちなら出来ます。あなたたちには世界の資源と最高の人々が、手に届くところにあるのです。
私たちの組織には目的が必要です。しかし、最も大事なことは、私たち一人一人の人生にも目的が必要だということです。私は変革を起こすために努力する以上に貴重な目的はないと思います。あなたたちと、今日、ここでそれを始められることを光栄に思います。